劇ナビFUKUOKA(福岡)

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ぼーくらはみんな… 『おんたろうズ』

『おんたろうズ』(PUYEY)@J:COM北九州芸術劇場 2023年4月23日(日)11:00


北九州芸術劇場「劇トツ×20分 2022」において、PUYEYの『おんたろう』が優勝および観客投票1位を獲得。
本公演はその優勝賞品として上演された。
前作『おんたろう』の続編である。

 芝居は、何かが起こること(ドラマ)が前提になっている。淡々とした日常を描くとかあえてドラマティックなものを排除するとか、そんな作品もあるがそれでも何かしらは「起こる」。また何も起こらないことを長々と描く作品もあるが、それはその後のドラマを効果的に見せるためなんて意図があることも。


 ところがPUYEYの『おんたろうズ』は、ドラマが起こる前こそが印象に残る。なぜなら、ドラマを「起こせない」人々の物語だから。我慢して、反論や不満を溜めこんで言葉を失っている、そんな姿があまりに印象的な作品だったから。そして、それはほぼ全ての登場人物が同じ状態だったからである。


 感情の神様・エモ神様に派遣された、おんたろうたち。人間の怨念はこの世界を破滅させるため、そのネガティブエネルギーを下げるのがおんたろうたちの役目である。そうして、とあるおんたろうが目をつけたのが小学校の教員・早浪純(手嶋萌)。仕事に追われ、先輩の教員には呆れられ責められ、自分の能力の限界に落ち込んでいる彼女の前に現れたのは「おんたろう00830369(サンロック)」だった。サンロックは「本当の声を出すんだ」と励まし彼女の背中を押す。


 物語が単純でないのは、先に書いたようにストレスを抱えているのが早浪だけではないということを徐々に見せていくからだ。嘘をつく生徒も、エナドリを飲むことで軽く乗り切っているように見える同僚も、教育の場を良くしようとする教頭も、皆がそれぞれに言いたいことも言えず、溜め込んでいる。前作『おんたろう』では、おんたろうがサポートする人も1人で不満の矛先も一か所だったと記憶しているが、本作は「誰もがみんな」本当の声を出せずに悩んでいる(だからそれぞれに寄り添うおんたろうがたくさん登場)。その意味でも前作はコメディの範疇だったが本作は現代の空気を描いた「社会派」と言えなくもない。ただし、本当の声を出せば物事が好転する…というのはやっぱりファンタジーなのだが。


 なぜなら、本当の声をあげても変わらない、むしろ本人にとって事態がより悪くなることだってあるからだ。そしてそれが怖いから、本当の声なんて出そうとも思えないのが現実である。そんなシビアな現実を目の前にしたら、おんたろうたちはどうするのだろう? 『おんたろう』シリーズが描く世界は、現実よりも少し単純かもしれない。でも、現実よりも希望と優しさに満ちていて、それでも一歩を踏み出せば私たちの暮らしは少しずつ良くなるに違いないと思わせてくれる。


 それにしても、前作でも一人二役の早変わりには驚かされて大笑いしたが、本作でもやっぱり驚かされて大笑いした。対極のサンロックと常川先生(隠塚詩織)を組み合わせるなんて、高野桂子(作・演出)は策士だなぁ。

2023.05.05

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柴山麻妃

●月に一度、舞台芸術に関係するアレコレを書いていきまーす●

大学院時代から(ブラジル滞在の1年の休刊をはさみ)10年間、演劇批評雑誌New Theatre Reviewを刊行。
2005年~朝日新聞に劇評を執筆
2019年~毎日新聞に「舞台芸術と社会の関わり」についての論考を執筆

舞台、映画、読書をこよなく愛しております。
演劇の楽しさを広げたいと、観劇後にお茶しながら感想を話す「シアターカフェ」も不定期で開催中。
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