劇ナビFUKUOKA(福岡)

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『モルヒネ』 morphine Plan #01 第10回九州戯曲賞大賞作品

2024年12月12日(木)19:30~ @ぽんプラザホール

●『モルヒネ』

脚本:中島栄子(アクションチームJ-ONE)

演出:木村佳南子(非・売れ線形ビーナス)

出演:土佐のぶゆき(<劇>池田商会、(劇)かっこん党)、富田文子(とみいさんぷれぜんつ)仲千恵(ACALINO Pro)、峰尾かおり

音響・照明・道具:ステージクルー・ネットワーク

写真:あだな


 息苦しい芝居だった。 


 時折ひびく、水の中で空気が漏れるゴボゴボ○o。という音がさらに観ている者を苦しくさせる。


 これまでにも多くの「観るのがつらくなる」ほどの作品を観てきたが、この作品ほど「空気が欲しい」と思った作品はない。どうしてだろう――。人を圧迫する時代や社会を描いた物、死別や病気など「普遍的な」個人的経験を描いた物、性的マイノリティなど他者との違いや軋轢に葛藤する作品、それらと違うのは何なのだろう。


 そう書いていて気がついた。社会との接点がない芝居だからだ。社会と繋がれない(・・・・・)人の芝居だからだ。隔絶した小さな場所で、うまく繋がれないことに苦悩している――小さな水槽で空気を求める魚のように見える――、これはそんな人の物語なのだ。


 発達障害の父、重病でもう余命いくばくもない母を持つ、30代の貴実子。つらい気持ちを押しやりながら、母の死に支度やその後について、母と話す。父は貴実子の気持ちなど意に介さないマイペースぶりで、貴実子は、この父の暴力と身勝手のせいで母が病気になったのだと忌々しく思っている。だがその父は70を過ぎて発達障害と診断されていて、病気の「せいで」父に怒りをぶつけることもままならない。そして自分もまた、ずっとずっとうまくやれない、他の人のようにうまく生きてこられなかった。自分も、父と、同じ…。


 社会とうまく繋がれない感覚は多くの人に覚えがあるだろう。小さなグループ内で少し浮いている気がするだとか、無視されただとか、上手に会話ができないだとか。うまく人とやっているように見える人も「自分を押し殺している」と思っているのかもしれないし、「うまく繋がる」のは難しいことではある。


 しかし、きっとそういうこととは違うのだ。「何が普通で、何をやったら人と同じようになれるのか、人とうまくやれるのか、わからない」という、ただ自分が生きるだけなのにそれについて回る苦しさなのだろう…またゴボゴボという水の音が聞こえてくる気がする。水の中で、息が出来なくて、どこにも息がつける逃げ場がないんだねと貴実子に思わず心の中で語りかけてしまう。はっきりと「発達障害」という表現が出てきた芝居は私にとって初めてで、そしてその本人の胸の内が明かされた芝居も初めてで、こんなにも苦しいのかとたまらない気持ちになった。


 次第に息がしにくくなる母には、その溺れるような苦しさから解放してやるためにモルヒネが投与される。貴実子は思う、モルヒネのようなものがあれば私もふわっとごまかして生きていけたんかなぁ…。でも母が緩やかに死に向かうように、仮に人生のモルヒネがあったとしてもそれは緩やかに死に向かうだけの処置でしかない。


 ただ、芝居の終盤、あれだけ(母の)仏壇を置く部屋を片付けてくれなかった父が、庭に大きな倉庫を2つ建て、そこに荷物をぶち込んで部屋をきれいにする。あははと脱力して笑う貴実子を見て、貴実子が望むモルヒネとは違うけれど、これも一つのモルヒネなのかもしれないと救われた気になった。本質的な解決策になっていないとか、これからだってトラブルは続くとか、そんなことは百も承知。でもその瞬間は怒りや苦しさをふわっと忘れてまあいいかと思えるそんなモルヒネも、実はこの世にはあちこちにあるんだよと言われている気がしたからだ。


 貴実子役の富田文子が熱演。わずかな出演だが親戚のおばさん役の峰尾かおりの「立ち方」が中高年女性そのものだと感心した。

2025.01.07

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柴山麻妃

●月に一度、舞台芸術に関係するアレコレを書いていきまーす●

大学院時代から(ブラジル滞在の1年の休刊をはさみ)10年間、演劇批評雑誌New Theatre Reviewを刊行。
2005年~朝日新聞に劇評を執筆
2019年~毎日新聞に「舞台芸術と社会の関わり」についての論考を執筆

舞台、映画、読書をこよなく愛しております。
演劇の楽しさを広げたいと、観劇後にお茶しながら感想を話す「シアターカフェ」も不定期で開催中。
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