劇ナビFUKUOKA(福岡)

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ミュージカル トッツィー

2024年3月8日(金)17:00~ /2024年3月19日(火)17:00~ @博多座


●ミュージカル トッツィー

脚本:ロバート・ホーン

演出:スコット・エリス

出演:山崎育三郎、愛希れいか、昆夏美、金井勇太、岡田亮輔/おばたのお兄さん、エハラマサヒロ、羽場裕一、キムラ緑子

音楽・歌詞:デヴィッド・ヤズベック

振付:デニス・ジョーンズ

演出補:デイブ・ソロモン

オリジナル装置デザイン:デヴィッド・ロックウェル

オリジナル衣裳デザイン:ウィリアム・アイヴィ・ロング

翻訳:徐 賀世子

訳詞:高橋亜子

音楽監督・指揮:塩田明弘

日本版装置デザイン:中根聡子

照明:日下靖順

音響:山本浩一

衣裳:中原幸子

ヘアメイク:岡田智江


 1982年公開の映画『トッツィー』が40年前の映画であるにもかかわらず今見ても古臭く感じられないのは、「男性が女装すること」のコメディではなく、「男性が女装することで浮き彫りにした社会の矛盾」を笑うコメディだからだ。この映画を、なぜ現代(いま)、ミュージカル舞台化するのかと考えると――いや逆に、まだこの映画のテーマが十分に通用してしまうこと、過去の遺物になっていないことこそが問題なのだと気づく。本作、「山崎育三郎の女装」が宣伝として独り歩きしていた感があり一抹の不安もあったけれど、映画同様に(アップデートして)「男性が女装することで初めて見えてくるジェンダー問題」を描いた舞台になっていた。


 物語の舞台はブロードウェイ。売れない俳優のマイケル(山崎育三郎)は実力はあるものの自信過剰でこだわりも強く、トラブルメーカーとして仕事を干されてしまう。そんな中、元カノのサンディ(昆夏美)がオーディションを受ける話を聞き、マイケルは女装して「ドロシー・マイケルズ」としてオーディションを受け、合格してしまう。個性的で歯に衣着せず建設的な意見を言う姿は、同じ舞台の仲間にも好評、かつプロデューサーにも気にいられ、あれよあれよと主役に抜擢され一躍大スターになる。共演者のジュリー(愛希れいか)と演技論を交わしお互いのことを知るうちに、マイケルはジュリーに恋をし、ある日思わずキスをしてしまう。マイケルを女性だと思い込んでいるジュリーは戸惑うが、一大決心をして「彼女」の愛を受け入れようとする。ところが…。


博多座内の撮影スポット ドロシーと同じポーズで撮る人が多かった

 映画同様に本作も社会における女性の苦悩を描こうとしている。例えば、女性は「謙虚であること」が求められること(なぜ、自分の意見を言えば「ヒステリー」と言われるのだ?)、「勘違い」させないようにふるまいに気をつけなければならないこと(言い寄られる方が悪いのか?)、若い女性が男に依存せず自らの力で成功する難しさ、などである。正直に書けば、これらに関しては映画の方がしっかりと伝わる。「女性として」目の当たりにしたドロシーが強引な手法で変えていく事で、周囲にも変化が現れるさまが描かれているからだ。一方、舞台である本作は、ジュリーに語らせて「まとめて示した」ように見える。


 しかし、映画からアップデートされた部分が興味深かった。例えば、元カノ・サンディが欲しがった仕事(役)を(女装しているとはいえ、男の)マイケルが奪った形になってしまったことについて、親友のジェフ(金井勇太)に「女が男の股間からパワーを取り返す時代に、(女装した)男が女のポストを取り上げるのか」とはっきり批判される(映画ではその点はなぁなぁなまま)。もちろん本作が成り立たないので仕方がない設定だが、ジェンダーバイアスを浮き彫りにする前にこの矛盾について断りを入れておこうという姿勢に、なるほどとうなづく。


 また女性の若さに価値を置きすぎる日本において、中年女性であるドロシーが若い男優に一目ぼれされるという設定はなかなかに大きな意味を持つ。「恋愛は若い女性のもの、中年女性が恋愛の対象になるはずがない、ましてや若い男性からの求愛なんて」という偏見を打ち破るインパクトは大きい。それだけでない。ドロシーは言う、「おばさんだって願望はあるのよ」と。中年女性は恋愛において主体にもなるのだという主張は、男性・若い女性のみならず中年以上の当人たちにとっても、当たり前だが新しいメッセージになっている。


 ドロシーからキスをされたジュリーが、じっくり考えた挙句に、自分はレズビアンではなかったけれどと言いつつドロシーを受け入れようとする点も、映画との大きな差異で価値がある変更だ。映画ではジュリーはドロシーを拒否する(ドロシーが男性であると明らかにして歩み寄る所で終わる)が、本作はジュリーがドロシーを受け入れる、いや、積極的に欲しいと手をのばす。以前なにかの本に、セクシュアリティはプロセスとして捉えるべきだと書かれていたのを思いだした。「ヘテロセクシュアル/ホモセクシュアル」だから「異性/同性」がほしいのではなく、その相手が欲しいのだという気持ちに従えば、セクシュアリティは絶対の属性ではなくプロセスに過ぎないという――これこそが2020年代だからこその描き方かもしれない。そしてこういったジェンダーやセクシュアリティに関する丁寧なアップデートが、日本にいい刺激を与えるだろう。


 最後にキャストについて。昆夏美がとんでもなく魅力的で強く印象に残る。早口で音程の差が激しい難曲『未来が見える』を、ヒステリックにテンション高く、そしてかわいく歌いこなしている。マイケルの親友ジェフを演じる金井勇太も、好感度の高い楽しい存在である。ジュリーに言い寄る傲慢な演出家はエハラマサヒロが演じるが、嫌味なく笑わせてくれる。彼を中心にしたアンサンブルのダンスは真似したいほど面白い。


 ただ、個人的には、ドロシー役(女装時)は良いが、マイケル役の山崎育三郎にはピンと来なかった。というのも、自信家で傲慢で性格に難ありのマイケルにしては、山崎の声に色気がありすぎる。二役をやったがゆえに際立ってそう感じられたのかもしれない。

2024.05.02

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柴山麻妃

●月に一度、舞台芸術に関係するアレコレを書いていきまーす●

大学院時代から(ブラジル滞在の1年の休刊をはさみ)10年間、演劇批評雑誌New Theatre Reviewを刊行。
2005年~朝日新聞に劇評を執筆
2019年~毎日新聞に「舞台芸術と社会の関わり」についての論考を執筆

舞台、映画、読書をこよなく愛しております。
演劇の楽しさを広げたいと、観劇後にお茶しながら感想を話す「シアターカフェ」も不定期で開催中。
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