劇ナビFUKUOKA(福岡)

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『能 狂言 鬼滅の刃』

2023年9月13日(水)13:00~ @大濠能楽堂

●『能 狂言 鬼滅の刃』

原作:吾峠呼世晴「鬼滅の刃」

主催:OFFICE OHTSUKI

監修:大槻文藏

演出・謡本補綴:野村萬斎

作詞:亀井広忠

原案台本:木ノ下裕一

出演:(シテ方)大槻文藏、大槻裕一、(狂言方)野村萬斎、野村裕基、野村太一郎、(ワキ方)福王和幸、福王知登 ほか


 



*『鬼滅の刃』の登場人物の漢字を正しく表記できません。「鬼舞辻無惨」の「辻」のしんにょうは点が一つ、「禰豆子」の「ね」はネ偏、「はがねづか」も漢字です。


 台本を木ノ下裕一さんが手がけていると知り、そして漫画&アニメの作品をどう能狂言にするのだと興味を持って出かけた。歌舞伎では『風の谷のナウシカ』も『ワンピース』も見ているが(注:後から、『VR能 攻殻機動隊』を見たことを思いだした)、能 狂言の場合はもっと制約が多いはず。舞台装置も作りこむことはできないだろうし、セリフも難しくなるだろう(見慣れていない観客には、歌舞伎以上にわからないだろう。そして歌舞伎にはイヤホンガイドがあるが、能狂言にはイヤホンガイドはない、少なくとも私は見たことがない)。しかしチラシに書かれた「人も鬼 鬼も人」という文字に、実は『鬼滅の刃』は能 狂言化するのに最も適した作品なのだと気がついた。というのも能における鬼と、『鬼滅の刃』における鬼に共通点があると思ったからである。


 能は五番立という上演形式から成っており、そのうちの最後の切能物は鬼が登場する演目である。ただ私が感じた『鬼滅の刃』との共通点の鬼とは、それよりも、愛する男性に裏切られた女性や嫉妬に狂う女性が変化(へんげ)した鬼(例えば四番目物の雑能の演目『葵上』では六条御息所の生霊が鬼となって現れる)の方。単なる異形の恐ろしい存在ではなく、「鬼と化してしまった(鬼にならざるを得なかった)人間」と考えた時に、その業や悲哀や辛さが立ち上がってくる。その存在の複雑さが、共通項だと考えたのだ。「鎮魂」、である。


 

 さて始まってすぐに登場するのは鬼舞辻無惨(野村萬斎)。客席後部から現れ、青いライトと風の音(音は私の記憶が勝手に作り上げたかもしれない…)の中、気づくと彼は立っていた。客席と舞台の境界となる白州を超え、階(きざはし)を一歩一歩踏んで、能舞台に上がっていく。正面前から二列目に座っていた私だが、実は声を聞いても顔を見ても萬斎だとわからなかった。フッと「気づくとそこにいる」無惨の出現に度肝を抜かされたのだ。軽く感動を覚える。


 一転して(囃子方が入ってその後の)新作儀礼『日の神』となる。五番立には必ず「翁」という祝祭儀礼から始まるそうだが、それに代わるものとしてのこの番組。炭治郎(大槻裕一)とその父・炭十郎のやりとりで、炭治郎が父からヒノカミ神楽を伝授されるという、物語の起点ともなるシーンである。竈門家が代々受け継いできた大事なヒノカミ神楽(舞)を、能においても格式高い「翁」に位置付けるという、あまりにぴったりの符合に膝を打つ。それにしても黒と緑の市松模様の衣裳を身に付けただけで炭治郎と分かるのだから、キャラクターは特徴的な衣裳を身に付けておくべきなのだなと変な所でも感心する。囃子方が「円舞、火車…」と謡うのも『鬼滅の刃』ファンにはたまらないかもしれない。


 脇能『狭霧童子』も、「能にするために仕組まれていた」としか思えないほどの、ピッタリのエピソード。『殺生石』に出てくる大岩と炭治郎の修行のエピソードが上手く重なるのだ。単純に楽しんで見る。感心したのは修羅能『藤襲山』の手鬼の表現。複数の者が被り物をして手鬼を表現する。演劇の舞台では見慣れた感もあるが、能でもこういう表現はアリなのか。思った以上に能も自由があるのかと驚く。


 鬘能の『白雪』も、夢幻能の形式を持つ能ならではのかたち。「鬼になった禰豆子の夢」として身の上が描かれる。『鬼滅の刃』の世界観を無理することなく能の形式に落とし込めていることに、ほとほと感心する。禰豆子が入っている箱がデフォルメされ大箱で登場し、彼女はそこから現れ、またその箱に戻っていく。こういった原作の特徴のおかげで通常の能にくらべてわかりやすく、でも能から外れていない点が見事である。その一方で雑能『君がため』はもう少し現代劇寄り?のラフさがあり、こういった振れ幅の大きさが本作の懐の深さ。善逸、伊之助、炭治郎のキャラクター(炭治郎の生真面目さが際立つ!)が見事に描かれていて、原作ファン向けに作ったかと勘ぐってしまう程だ。


 途中に狂言は二つ入る。『刀鍛冶』は日輪刀を作るハガネヅカ蛍が刀を鍛錬しながら独り言つる様子がコミカルでホッとする。『鎹鴉』も伝令役を務める鎹鴉たちにターゲットを絞り、彼らのやり取りが面白い。お酒を飲んで苦労をぼやいて…。箸休めと言っては失礼かもしれないが、注目されるキャラクター達以外の視点から『鬼滅の刃』に焦点を当てているのも、本作の優れたところである。


 見どころは最後の切能『累』。正直に言えば、クライマックスなのに内容が私は頭に入っていない。とにかくビジュアル的に目を奪われっぱなしだったからだ。『土蜘蛛』で何度も見た「手から繰り出される糸」がこれでもかこれでもかというほど炭治郎に向かって投げられ、炭治郎の持つ刀は糸が巻き付いてぐるぐる真っ白、舞台上も糸の残骸で埋め尽くされていて、圧巻。累(大槻文藏)、そして彼に対峙する炭治郎の距離が、糸によって狭まっていく。物理的空間が埋め尽くされていくようで息苦しく、緊迫感が高まる。そして赤い糸まで! 糸がシャーっと投げられ放物線を描いて落ちていく中で、累は美しく悲しく立っている。戦いを美しく表現することを良しとしたくないが、思わず口の中で「きれい…」とつぶやいてしまった。実は私が見た回ではちょっとしたハプニングがあったのだが、それでもこの番組の価値は全く損なわれていない。炭治郎に負けて…父、母と去っていく時の累の背中の小ささ…『鬼滅の刃』の世界観は、この物悲しさだなと思いだす。人であれ鬼であれ、生きるとは業が深いことなのだと累の背中が語っていた。


 最後に、面の美しさについて触れておきたい。能面作家・島畑英之氏の作品だという。あまりにかわいらしく素敵で、ポストカードを買わずにはいられなかった。

2023.10.03

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柴山麻妃

●月に一度、舞台芸術に関係するアレコレを書いていきまーす●

大学院時代から(ブラジル滞在の1年の休刊をはさみ)10年間、演劇批評雑誌New Theatre Reviewを刊行。
2005年~朝日新聞に劇評を執筆
2019年~毎日新聞に「舞台芸術と社会の関わり」についての論考を執筆

舞台、映画、読書をこよなく愛しております。
演劇の楽しさを広げたいと、観劇後にお茶しながら感想を話す「シアターカフェ」も不定期で開催中。
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