劇ナビFUKUOKA(福岡)

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『ロマンス』こふく劇場

2024年1月14日(日)14:00~ @ J:COM北九州芸術劇場(小劇場)


『ロマンス』

作・演出:永山智行

出演:かみもと千春、濱沙杲宏、有村香澄、池田孝彰、大西玲子(青☆組)

音楽:かみもと千春

照明:工藤真一(ユニークブレーン)

音響:出井稔師(音師)

美術:満木夢奈

衣裳:伊藤海(劇団FLAG)

宣伝美術:多田香織(ひなた旅行舎)

制作:有村香澄、高橋知美(キューズリンク)、舞台芸術制作室 無色透明(広島)






 生きている限り、「別れ」がつきまとう。人生の節目で別れ、関係が壊れて別れ、死によって別れる。そしてふだんは忘れているけれど、過去と別れ、若さと別れ、私たちは毎日を過ごしている。本作を見ながら、生きれば生きるほど無数の別れを積み重ねるということ――つまり生きるほどに喪失は増えていくのだと、ぼんやりと考えた。そして、それでも私たちは前を向く。『ロマンス』というこの「喪失と再生」の物語は、私たちの痛みと強さを描いている。

 喪失を抱えた4人の物語である。高校生の一人娘を亡くし妻と離婚した雄造。かつての恋人が津波で亡くなったことを知った薫子。自分から気持ちが離れていった遠距離の恋人を持つさと美。母の死を認めることができず自分の世界から抜け出せずにいる無職の久。いや、こんな風に()()()紹介することは彼らの繊細な思いを「ありふれた喪失」にしてしまい、彼らの複雑な物語を「つまらないのっぺりとした物語」にしてしまう。作家の永山智行はむしろ逆に、些細な出来事や言葉をていねいに拾うことによって、「その人のだけの喪失」を描いている。


 物語のうまさについては今さら言及する必要はないだろう。代わりに本作における「ラジオ」の存在についてふれたい。本作の始まりはラジオの声。そして作中では、ラジオ体操のうたに始まり多くの曲がラジオから流れる。ラジオパーソナリティがリスナーの悩みにこたえる声のシーンも登場する。また雄造が元妻から再婚報告を受けるシーンでは、まずその声が聞こえてくるのはラジオだ(そして電話のように会話する)。そして舞台上の4台の縁側にもそれぞれ小型ラジオが柱にかけられている。――なぜラジオなのか。


 ラジオは、語りだ。聞いている人々に、語りかけ、言葉を届ける。ラジオから流れる音楽も、語りだ。この音を届けたい、そんな思いが込められていて、聴き手もその思いとともに音楽を受け取る。私は想像する。大きな喪失を抱えた人こそ、目の前にいる知り合いからの慰めや励ましではなく、見ず知らずの誰かの静かな語りが染みるのではないか。遠い向こう、話し手だけでなく、今ラジオを聞いている知らない誰かとつながっていると感じることが、唯一の支えになることもあるのかもしれないと。


 そしてラジオは、声だ。私は、大切な故人、妹と父を思い出す時に、彼らの声が聞こえてくる。私を呼ぶ彼らの声は何年経ってもあせない。ふとラジオだったら、もういないあの人の声が聞こえてくるかもしれないなんて妄想もする。そんなことはなくても…ラジオの声は寄り添ってくれている気がして、だから永山は喪失感でたたずむ彼らの周囲にラジオを置いたのだろう。


 永山の戯曲は優しい。多くの「刻んでおきたい言葉」が出てくる。それは通常の戯曲よりも多すぎて却ってそれぞれの印象がかき消されてしまうのだが、それでもほわっとした温かい気持ちだけは残る。それでいいのかもしれない。ラジオから流れる声も、一刻だれかの心を撫でた後に静かに消えていくのだから。

2024.01.19

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柴山麻妃

●月に一度、舞台芸術に関係するアレコレを書いていきまーす●

大学院時代から(ブラジル滞在の1年の休刊をはさみ)10年間、演劇批評雑誌New Theatre Reviewを刊行。
2005年~朝日新聞に劇評を執筆
2019年~毎日新聞に「舞台芸術と社会の関わり」についての論考を執筆

舞台、映画、読書をこよなく愛しております。
演劇の楽しさを広げたいと、観劇後にお茶しながら感想を話す「シアターカフェ」も不定期で開催中。
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