劇ナビFUKUOKA(福岡)

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『些細なうた』 非・売れ線系ビーナス

2023年7月1日(日)13:00 @NIYOL COFEE


●非・売れ線系ビーナス 『些細なうた』

短歌:笹井宏之

脚本:内田龍太郎/田坂哲郎/村岡勇輔

演出:木村佳南子

出演:あだな・青野大輔・田坂哲郎・にしむらまなみ・ハットリユウ(LIGHTHOUSE CAMP CIRCLE)・やわらあさ(演劇関係いすと校舎)

音声出演:長野哲也

(*上記の情報は7/1 13時の回)


 驚いた。

 『些細なうた』は、笹井宏之という早逝した才能ある歌人と、その短歌を描いた作品である。手がけた田坂哲郎(作家・本劇団主宰)は同名のラジオドラマ(2011年、NHK佐賀局制作/NHKオーディオドラマ選奨佳作受賞)から始め、2013年に舞台化、その後10年に亘って本作を大事にしてきた。といっても、愛でるように撫でるように手を加え、作品はどんどんと形が変わっている。2013年の初演と2017年の再演を見ているが(再演も初演と違っていた)、2023年度版の今作はそのどちらとも全く異なる、元を換骨奪胎した作品になっていて、かなり驚いた。

 ハッキリ言えば、これはほぼ芝居ではない。50分の公演を一日に4回(を二日間)、それぞれ内容を変えていた点も含め「パフォーマンス」と言える。(ステージごとに違うようなので、以下、この文章は私が見た7月1日(土)13時の公演に限定したものである)

 帰りながら考えた、田坂は今作で何を描きたかったのかと。過去に見た2回の『些細なうた』との大きな違いは、「笹井宏之の物語」がないということ。今作が目指したのは「笹井宏之の短歌」を描くことだったのではないか。それは過去作のように「笹井宏之を描くことで笹井短歌を味わう」という手法でもなく、あるいは「田坂による笹井短歌の解釈を芝居にする」のでもない、「笹井短歌を生(き)のままで味わってもらう」試み。

 そう考えると、なるほどと合点がいく。例えば、観客に短歌を声に出して詠ませる行為。1首を3つに区切り、同じく3つに区切った観客にそれぞれ暗誦させる。それも役者の指示に従って、ランダムに声が重複する形で、短歌を暗誦し合うのだ。これは短歌・言葉を意味ではなく「音」で楽しんでもらうという行為なのだろう。(『カエルの歌』の輪唱において「ケロケロケロケロ…」と音を転がすことが楽しくなってくるように!) 

 また、短歌とイメージを結ぶゲームも、短歌を味わうために用意された一つだろう。4枚の写真を並べその中の1枚をイメージした短歌を田坂が詠み、観客はどれがその写真なのかを当てるというものだ。これは正解当てゲームではなく、むしろ(短歌も適当に開いたページから選ばれるし、観客の選択したものに偏りがないことからも)喚起するイメージは無限で自由でいいのだと示唆している。

 天井に貼られた短歌の紙片を観客ひとりひとりに渡してくれるのも、まるでその人に合ったものを吟味して選んでいるかに見えて、嬉しい。手にした一首が特別な一首に見えてくるから不思議だ。そんなこんなもすべて、笹井短歌を味わってもらうための仕掛けなのだろう。

 田坂は「言葉」の作家だ。物語や人物造形よりも、言葉に重きを置く作家だ。この言葉を味わう試みが、カフェの地下、穴蔵のような小さな部屋で行われたことは意味があったと今さらに思う。閉ざされた空間だからこそ、言葉の感触がつかめるような気がするからだ。そして同時に、ひょっとしたらこの穴蔵は、生前の笹井の頭の中なのかもしれないと思う。その意味では、やっぱり、今作も「笹井宏之を」描いていたともいえるのかもしれない。


追記。所要時間50分のこの公演でチケット代3000円というのは正直なところ、高いと思う。各回異なる内容で見比べて見たかったが、その気になれない金額だ(2公演で5500円と少し割引にはなったようだが)。内容に見合う金額だったかというと疑問が残る。

2023.07.10

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柴山麻妃

●月に一度、舞台芸術に関係するアレコレを書いていきまーす●

大学院時代から(ブラジル滞在の1年の休刊をはさみ)10年間、演劇批評雑誌New Theatre Reviewを刊行。
2005年~朝日新聞に劇評を執筆
2019年~毎日新聞に「舞台芸術と社会の関わり」についての論考を執筆

舞台、映画、読書をこよなく愛しております。
演劇の楽しさを広げたいと、観劇後にお茶しながら感想を話す「シアターカフェ」も不定期で開催中。
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