劇ナビFUKUOKA(福岡)

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『Rain』愛知県芸術劇場×DaBY ダンスプロジェクト

 

2023年8月27日(日)14:00 @J:COM北九州芸術劇場 中劇場

●愛知県芸術劇場×DaBYダンスプロジェクト『Rain』

演出・振付:鈴木竜

美術:大巻伸嗣

音楽:evala

ダンス:米沢唯、中川賢、ジョフォア・ポプラヴスキー、木ノ内乃々、土本花、戸田祈、畠中真濃、山田怜央

アンダーキャスト:堀川七菜


 長く続く雨は、人を狂わせる。湿気は身体にまとわりつき、不快感がなくなることはない。絶え間ない雨音は閉塞感を生み、逃げられない鬱々とした気分になる。時間と空間が麻痺していく中で、じりじりと「取り繕っている自分」がむき出しになるのだ。イライラは募り「他を蔑む感情」が露になっていく、湿度は肉体を意識させ「邪な欲望」が充満していく――愛知県芸術劇場 × DaBY ダンスプロジェクト 鈴木竜 × 大巻伸嗣 × evala の『Rain』を見て思った。これは、間違いなく『雨』だ、サマセット・モームの『雨』だと。私の身体に衝撃が走り、これはあの『雨』だと私の五感が理解した。そんな体験は初めてだった。


 漆黒の舞台上には、黒いボックスのような正方形の何かが天井から吊られている。始まってから気がつくがそれは細い黒い無数のひも。神聖な何かにも、禍々しい何かにも、見える。巨大なこの「何か」はダンサーが舞台に上がる前から圧倒的存在感を示していて、観客をのみ込むかのようだ。そしてそれを助長するかのように音が響き始める。これは風の音なのかうめき声なのか。


 黒い衣裳に身を包むダンサーたちの中で、唯一白い衣装を身にまとっているのはモームの『雨』におけるミス・トムソンだろう。黒いダンサーたちの揃った動きが美しいが、その動きの均一性が強く恐ろしく威圧的である。その中で白いワンピースの「ミス・トムソン」(米沢唯)は明らかに異質に映る。異質な存在は、いつだって好奇心と怖れと蔑みの対象となる。米沢は、その異質な存在を誇張するかのように、ボックスの紐を撫で、身体に絡ませ、妖艶に踊る。


 黒い紐のボックスは、静かに上下することで場面を転換させていく。どうやら幾人ものダンサーがその中に入ることができるらしい。動きさえしなければ紐の簾が波打つことはなく身体はすっぽりと隠せるが、ひとたび踊りだせば、簾の合い間からちらちらと身体が見える。そして同様に、その簾の隙間から見える米沢のワンピースの白が、ぼんやりと浮かびあがる。


 印象的だったのは、紐ボックスの中にいたダンサーたちのいくつもの腕が、腕だけが、ボックスの前でたたずむトムソンを囲むように抱くように出現したシーンだ。ぎょっとした。異質な存在を殺す手とも受け取れる。弄ぶ淫らな手にも見える。不均衡で不安定な関係が強調され、見ている者の心をざわつかせる。そして彼女はその手に捉えられ(自発的に?それともなすがまま?)身体は浮かび、ボックスの中に消えていき、上半身だけがボックスから飛び出す。不気味で美しくて、言葉を失う。これはどういうことなのだと。

 足だけが強調される(上半身はボックスに隠れている)踊りも、その筋肉や動きの美しさや逞しさに「ほぉっ」と見入るが、同時に上半身が見えないというアンバランスな異様さに、落ちつかない気分になる。


 原作は、宣教師(中川賢)は売春婦らしいミス・トムソンを改心させようと日参し…何も描写はないまま、宣教師が自殺したところで終わる。そしてトムソンの「男は豚だ」という一言。二人の間に何が起こったのかは書かれていない。が、中川と米沢の二人の踊りは、誘い誘われ、抗い受け入れ、堕ちていくように見える。ブラックボックスの奥で何があったのか。二人の身体にかかる紐のうねりすら色っぽく見えるのは妄想たくましすぎるのか。


 彼らが雨宿りのあいだ不時着するのは島。島民のダンスを思わせる上半身裸体の力強い踊りが対照的で、そこでは性も生なのだと思わせる。それに比べて宣教師とトムソンの絡みの隠微なこと…。


 公演のパンフに「不可視を感じる」という表現が載っていたが(唐津絵理、愛知県芸術劇場エグゼクティブプロデューサー、Dance Base Yokohamaアーティスティックディレクター)、不気味で不穏な何かが起こる「予感」や「落ちつかなさ」、ミス・トムソンへの本能的な「嫌悪」あるいは「邪心」、そういった目には見えないものが見えてくる、炙り出される。それは私の奥底にある何かをも炙り出されたということだろうか。


 ラストにトムソンは白いワンピースを脱ぐ。いや、トムソンではなく米沢が脱いだと言った方がいいかもしれない。トムソンという皮を脱ぎ、「娼婦」「女」「下劣な存在」「改心させるべき存在」といった皮を脱ぎ、彼女は一人で立つ。原作にはない、彼女が彼女であろうとする姿に静かな感動が押し寄せた。


 この美術(大巻伸嗣)と場を描くような音楽(evala)と、とんでもないスケールの演出(鈴木竜)と、そして見事なダンサーたち。見てよかったと、心の底から思った。

2023.09.17

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柴山麻妃

●月に一度、舞台芸術に関係するアレコレを書いていきまーす●

大学院時代から(ブラジル滞在の1年の休刊をはさみ)10年間、演劇批評雑誌New Theatre Reviewを刊行。
2005年~朝日新聞に劇評を執筆
2019年~毎日新聞に「舞台芸術と社会の関わり」についての論考を執筆

舞台、映画、読書をこよなく愛しております。
演劇の楽しさを広げたいと、観劇後にお茶しながら感想を話す「シアターカフェ」も不定期で開催中。
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