2013年8月にTNCテレビで放送された「めんたいぴりり」は、福岡で制作されたドラマです。全国的に話題を呼び、2014年の民放連賞ドラマ部門「優秀賞」、ギャラクシー賞「奨励賞」、ATP賞「奨励賞」を受賞。
北は北海道から沖縄まで国内およそ20局で放送され、さらに海外でも、プサンの放送局・KNN(共同制作)の他に、台湾、カンボジアなどでも放送され、世界に福岡で生まれたドラマを発信しました。この2月には、「めんたいぴりり2」の放送、さらに、3月には博多座で舞台版「めんたいぴりり」の上演が始まります。
プロデューサーとして番組制作に関わった瀬戸島氏に、制作の舞台裏とこれからの展望を語ってもらいました。
(取材は2013年12月に行われました)
朝の連続ドラマというチャレンジ
水上 「めんたいぴりり」はTNCの55周年記念ドラマですね?
瀬戸島 55周年です。
水上 瀬戸島さんは、どの時点でこのドラマの担当になったのですか?
瀬戸島 もともとTNCはドラマを作ってないんです。今回のきっかけは、ふくやさんの創業者・川原俊夫さん生誕の100年とTNCの55周年が同じタイミングだったので、ドラマにしたらいいんじゃないか、これは55周年向けの企画ですよっていうことで社内でプレゼンをしました。
水上 瀬戸島さんの方から提案したんですか?
瀬戸島 そうですね。
水上 で、通った。
瀬戸島 そうですね、通っちゃいましたね。とんでもない提案だったと思います。だけど逆に言うとその途方もないことのほうがチャレンジだということで会社の方も乗ってくれたんだと思います。
水上 それは、どういうチャレンジですか?
瀬戸島 NHKような一日15分間、朝の連ドラを一か月放送するというチャレンジですね。僕は会社にすごく感謝しています。どこもやっていないです。フジテレビも朝の連ドラはないですし、九州でも福岡でもやった局はないです。周年事業として、しかも地元の企業をモデルに、チャレンジしがいのあることでした。
水上 視聴率はどうだったんですか?
瀬戸島 最高で8.8%、占拠率は29.3%だったかな。占拠率で言うと、テレビをつけてる3人に1人が「めんたいぴりり」を見ていたっていう事でこれはかなり胸を張っていい数字なんじゃないかなって思いますね。
水上 朝9:50から10:05まで15分間。普通のサラリーマンが見れる時間帯じゃないですよね。
瀬戸島 お母さんやおじいちゃんおばあちゃん、夏休みの子ども達に見てもらえるような番組ということであの時間帯になったんです。特に子ども達に見てもらいたい。食についての大切さ、家族の絆、平和のありがたさをどうしても伝えたい、食べ物を作る人達の思いを伝えることがテーマですね。せっかくドラマを作るならそこまで作りたいと思いました。そして、昭和という時代の光と影を描くこと。それは今も「めんたいぴりり」のテーマとしてずっと引き続いています。
1時間半ドラマと連ドラとを制作
水上 放送したのは2013年の8月の1ヶ月間ですね。初回は1時間半のドラマで、「戦前編」でした。
瀬戸島 そうですね、「エピソード0」みたいな感じです。通常の連ドラがいわゆるコメディだったので、そこの世界観になるまでの前フリというか、人間関係や登場人物が背負ってきたものを「エピソード0」のほうにぶち込んだ。
水上 連ドラで描くドラマとはかなりテイストが違いますよね。
瀬戸島 はい、主人公のモデルとなった川原夫妻は、沖縄戦や大陸からの引き上げを経て福岡にたどり着いた。また、占領下の釜山で生まれ育った人でもあるので、コメディではやりづらい。そこはちゃんと向き合った上で彼らがなぜ明太子を作る事になったのか、そこは真正面に描いていこうと監督と話し合いました。
水上 江口カン監督ですね?撮影はいつから始まったのですか?
瀬戸島 撮影は2013年の3月だったんです。寒かったですね。山笠を3月に走らせるという無謀なことにチャレンジしました。平尾台や福岡市西区の旧忍者村を街に見立てて山笠を走らせました。
場所取り合いの海外ロケ
水上 海外ロケもしたんですね。
瀬戸島 そうです、釜山でロケをしました。実際に川原俊夫さんが明太子に出会った市場が今もあるんです。そこでロケをしようと。あとは釜山から2時間半位離れたハプチョンという場所に映画のオープンセットがあって、戦前の日本人の住宅街が作ってあるんです。たまたま、テレ朝の55周年ドラマ「オリンピックの身代金」や、妹尾河童さん原作の映画「少年H」と撮影スケジュールが丸かぶりで、同じ所でロケしてるんです。まっ先に交渉して、「この日からこの日までやりますんで、どこにも撮らせないでください。」って韓国サイドに頼み込みました。
水上 プロデューサーの手腕だったわけですね、そこは。
瀬戸島 釜山のフィルムコミッションに偶然紹介してもらった場所だったんです。そのおかげですごい世界観が描けたと思います。
台本は、作家/東憲司が「聞き取り」しながら
水上 台本は誰がかいたんでしたっけ?
瀬戸島 劇団桟敷童子の東憲司さんです。何回も福岡に来てもらって、ふくやの川原正孝社長や健相談役に何度も聴き取りをしてもらい、お孫さんの武浩統括部長にも話を聴いたりして、一個一個肉付けしていきました。その中からフィクションの部分を塗り重ねていきました。
水上 聞き書きして本にまとめるのにどのくらいかかったんですか。
瀬戸島 一緒に釜山にシナリオハンティングにも行き、撮影の直前まで、福岡にこもって書いてもらいました。ものすごく忙しい劇作家さんなので、「ここだけスケジュール開けてください」って頼み込んで書いてもらいましたね。
水上 もともとは原作ですよね?
瀬戸島 相談役の本(明太子をつくった男)に加えて聞き書きしました。本にはお父さん(川原俊夫さん)のエキスが載ってます。
水上 最初の企画で通り、ふくやの川原さんに了解をもらい、脚本家と演出家も決まって、プロデューサーとしては順調にスタートできたということですか?
瀬戸島 そうです。すごい順調です
博多華丸に白羽の矢
水上 キャスティングはいつの時点で考えたんですか?
瀬戸島 キャスティングは本ができてからですから、撮影に入る前の年の10月から12月です。富田さんと華丸さんが決まったのはそのへんです。
水上 よくスケジュールがとれましたね。
瀬戸島 ほんとに、よく取れましたね。華丸さんは一ヶ月半、東京と福岡を行ったり来たりでした。千代子役の富田さんは最初から決まってたんです。博多弁をしゃべれる全国的にも有名な女優で奥さん役を任せられるのは富田さんしかいないと思った。俊之役は福岡出身の俳優さんをいろいろ考えてたんですけど、監督が「華丸さんじゃないかな。」って言ったのがきっかけでした。
役者としての経験はそんなにないけど、監督が「やれますよ、彼なら」って言ったので、そこでふっと腑に落ちたんです。
水上 華丸さん自身は主役を受けることはどうだったんでしょうね?
瀬戸島 「うそでしょー。できるわけないじゃないですか」ってもう半信半疑。一回顔合わせをして、台本をちょっと読んでもらって、本人としては「ほらできないでしょ」っていう確認の為だったらしいんですけど。僕と監督はしめしめと。「やっぱいいよねー」となって、その後正式にオファーをしました。
瀬戸島 そうでしょうね。華丸さんにとっても大きなチャレンジだったと思います。3月からの博多座公演も大きなチャレンジでしょうけど。
水上 富田さん以外はほとんど福岡の人達でしたよね?
瀬戸島 地元のタレント、地元の劇団、、福岡出身の役者さんを優先しました。もちろんテレビ番組なので数字が取れる人をキャスティングしようということは念頭にありました。光石研さんは頑張ってキャスティングをしました。小松政夫さんはすごく山笠に造詣が深い方です。福岡力を結集してやろうと思いました。
美術の世界観
水上 撮影セットは局のスタジオの中ですか?
瀬戸島 VSQのスタジオに組みました。ドラマのセットを作り込むには狭いスタジオなんですけど、美術プロデューサーの山本さんが、すごい世界観を作ってくれました。妹尾河童さんのお弟子さんでフジテレビの美術出身で「タケちゃんマン」を作った大御所です。本物の昭和30年代40年代をそのまま作って頂いた、あれがあったからこそ成立したドラマです。ちゃんとしたものを作りたいと思っていたので。
江口カン監督 「福岡にこだわって作ること」
水上 クオリティとしてはかなりこだわったところですよね。
瀬戸島 それは監督のこだわりでもあるんです。ただし、あそこまでこだわるとは思ってなかった。
水上 江口さんも忙しい人でしょう。
瀬戸島 そうですね、でも人一倍福岡でやることに思いがある人です。仕事への向き合い方も、地元のものを地元で作る方がより真剣に向き合えるような気がします。東京から福岡に撮影でやって来て作ったところで、それで地元の人が納得出来るものが出来るのかっていう気持ちは心のなかにずっとあったんです。作るんだったら福岡の人達でやりたいと。現場はCMでやってる江口組とVSQの制作チームです。VSQもCM制作で知られていて、福岡には優秀な人達がいっぱいいる、CMは撮ってるんだけどドラマとか映画は撮れていない。でも、撮りたいと思っている人はいっぱいいると思うんです。そういう思いが合致した。
水上 音楽も福岡です。
瀬戸島 初めて担当した番組がバンドのオーディション番組で、それで優勝したのが風味堂だったんです。候補はいっぱいいたんですけど、結局全部振られた。じゃあ風味堂を聞いてみてくださいって、監督に提案してみた。オープニングのテーマとしては、監督は「平成の365歩のマーチ」を作りたいってイメージを出して、そこから風味堂に特別に書き下ろしてもらった。音楽が本当にハマったと思います。色んなパズルが組み合わさって出来たっていう感じですね、色んな人の協力があって。
プロデューサーの仕事は、ドキドキの連続
水上 瀬戸島さんはプロデューサーとして具体的にはどういった事をされてたんですか?スタッフ、キャストの選定とか?
瀬戸島 なんですかね、プラデューサーって。キャスティングだったり、制作の座組を作ったり。ドラマ自体は通常のテレビの制作体制と違うのでVSQのプロデューサーと相談しながらやらせてもらいました。もっぱら調整役なんでしょうねプロデューサーって。それでも、いろんな作業が抜け落ちていて、その度にいろんな人に助けてもらった。
水上 撮影中、演技で苦労したとか演出家と役者と意見が合わなかったとかは特になかったですか?
瀬戸島 喧嘩はしょっちゅうしてましたね。テレビ局の制作って現場で喧嘩することあんまりないんですけど、CMやドラマや映画を作ってる人達ってみんなプライドがある人たちが多い。良いものを作るための意見の主張は健全なことかなって僕は思います。すごく勉強になる。自分の後輩たちにどんどんその現場を見てほしいです。特に、演出を背負うって事はどんなことなのか感じてほしいなと思います。
水上 実際やってみて楽しかったですか?
瀬戸島 苦しい。出来上がったものを見るのは楽しいですけど、ドキドキするっていうか。
水上 ドキドキっていうのは?
瀬戸島 「お前アレやってないやないか」っていうのがいつばれるのかなってドキドキしてる。そもそもやってないことがわかってないから…
江口監督について
水上 江口さんはCMで賞もいっぱいとっている方で、演劇も観ましたが、ドラマは初めてですか?
瀬戸島 ウェッブのドラマとか、ショートムービーはすでに演出していました。一方で広告の専門家でもあるわけです。「めんたいぴりり」をどう、今の言葉でいう「バズらせる」かっていう事に関してもアイデアをすごくもらった。テレビ局のルーティンの作業では思いつかないような事も色々アイデアとしてもらったんです。ポスターに華丸を出さずに主役が誰か隠してやることで、「誰だ誰だ」ってザワザワさせる。一方で華丸が坊主になってテレビにでる。そこで「え、なんで華丸が坊主になってんの」ってネットで騒がれる。あるタイミングで情報公開をして、「いや実は華丸が坊主になったのは今回このドラマを撮るためです」って、そこで繋げる。そこでさらに「ワー」ってなる。というのは僕たちではなかなか思いつかない戦略でした。それはずっと広告をやってる人ですので。ポスターのつくり方一つ、ロゴのレイアウトはどこか?どこに置けばいいのか、背景をどうしたらいいのか…スペシャリストの人達と話しをすると、知らない事がいっぱいあった。それはテレビ局の広報だけに限らず、イベントの組み立て方もそうかも知れない。
水上 江口さんってどんな人ですか?
瀬戸島 クレバーですね。ものすごくクレバーな人だと思いです。あとものすごく乙女です。物作る人はやっぱりどっちかっていうと性格的には女性的な方がいいと思います。一方で会社を経営してらっしゃるのでそこは男だと思いますよ、でも物を作ることに関しては非常に繊細だと思います。同い年だったこともあり、彼がやりたいことや彼の話しを聞いていると、「何かやりましょうよ」っていつのまにか意気投合していたんです。
水上 江口さんのこだわりだったり美術家の世界観だったり、すごいクオリティが保たれてると思いました。福岡にこんなドラマがあってそれを丁寧に作ってくれたんだなって、嬉しかったですよ。
福岡の「めんたいぴりり」
水上 これからの展望を聞きたいと思います。まず、2月の第二弾ですね?今度は連ドラではないんですね?
瀬戸島 一時間で前篇と後篇の2話です、2月の20日と27日の金曜日午後7時からです。
今回の「めんたいぴりり2」も昭和の光と影を描くように心がけています。炭鉱が閉山し、一方で西鉄ライオンズの3連覇で福岡が沸き返る。光と影をちゃんとエピソードの中に入れながら、ただ単にコメディにならないように心掛けました。
水上 今後こういったドラマを作っていくのは恒常的になるんですか?
瀬戸島 「めんたいぴりり」に関してはそのもの自体が大きくなりつつあります。55週年で始めたので60周年までは、3回目4回目5回目に向けてという事です。そこで僕がやらないといけないのは「めんたいぴりり」をどう広げるか。どう地元の人や企業にバックアップしてもらえる体制を作るのかっていう所です。
水上 ふくやさんがスポンサーとして関わってもらっているんですね?
瀬戸島 そうですね。早く「福岡のドラマ」「福岡っていえば『めんたいぴりり』だよね」って言われるようにしたいんですよね。そうする為にはできるだけ福岡の数多くの企業の方に応援してもらえるような体制にしたいって思ってます資金的なものも含めてふくやさんの負担をどんどん下げられる位僕たちが福岡のものにしていかなきゃなって思っています、なかなか難しいですけど。
水上 僕もずっと番組を見てましたけど、「これは福岡のドラマだ」ってすごく思いました。
瀬戸島 描こうとしているのは福岡の話です。一年中「めんたいぴりり」で展開するにはどうしたらいいかっていうのを考えている最中です。「アニメめんたいぴりり」「連載小説のめんたいぴりり」、「コミック連載のめんたいぴりり」。そういうことで始終福岡や全国の人が「めんたいぴりり」に触れる環境を作る。年に1回のドラマっていうのは広がりにも限界がある。次の戦略を練っているところです。急がないといけないですけどね。
水上 ということは「めんたいぴりり」ドラマとしての続編もだし、それが別の媒体としての展開も含めた「めんたいぴりり」という作品の世界をどう広げるかっていう事なんですね?
瀬戸島 はい。イベントや番組をちっちゃい種から育てて大きくしていきながらいろんな人の共感を呼ぶ。そして、番組が収益を産むような仕組みを作っていく。
「めんたいぴりり」が生まれるまでには、ものすごい伏線がありました。華丸さん自体は僕の担当した「中洲ぶらぶらでよかろうもん」っていう深夜番組の企画がきっかけで山笠の中洲流に入ったんですよ。川原さんも中洲流。いろんなものが複雑に繋がっていってできたって思います。狭い街ですからね。種蒔きをしておけばいつかはそうやって芽が出ていって、芽が一杯出てる感じです。「ちっちゃな種からでもおっきくしていけば愛される実になる」っていうのを後輩達には感じてもらいたい。
博多座版「めんたいぴりり」
水上 博多座は演出もキャスト女優も変わるのですが、博多座での上演にメッセージはありますか?
瀬戸島 博多座ですからね、ぜひ満員にしたいと思いますし、またこれを2回目3回目と博多座の恒例の演目になれるように僕たちも協力していきたいと思っています。
博多は「めんたいぴりり」のドラマと舞台が毎年ある街だっていう風に認知されるように、福岡といえば「めんたいぴりり」だって言われるような物にしていきたいなと思っています。その一つがやっぱり博多座が重要なポジションに今後なっていくって思ってます。もちろんこれが博多座でヒットすれば大阪、名古屋、東京に持っていける物になる。それが博多座としても大切ですよね。今、博多弁も華丸も旬ですから。ぜひ成功させたいと思ってます。
福岡のクリエーターたちとやりたいこと
瀬戸島 他にはアニメができないかなって思ってます。
水上 「めんたいぴりり」のオープニングもちょっとしたアニメですね。
瀬戸島 あれは監督の会社、KOO-KIで作ったものです。福岡は有能な漫画家やイラストレーターがいっぱいいるんです。そういう人たちと一緒にやれれば福岡で制作できる。脚本は地元の劇団の人に書いてもらってもいいんじゃないでしょうか?一杯優秀な作家がいらっしゃるじゃないですか福岡の劇団に。そういう人たちと一緒に作りたい。そういう福岡の人をつなげながらやっていく仕事を優先していきたいって思ってます。、CGのクリエイターだって福岡にはたくさんいらっしゃるんですよね、東京に発注していくよりはそんな人を繋いでいきたい。
水上 色々アンテナ張っておかないといけないですね。
瀬戸島 僕たちは福岡でチマチマやりつつ、チマチマやってる事が周りの人達からかっこいいって言われたい。色々表彰されたんですけどね、賞の論評が「地方」にしては頑張ってますね位の感じだったんで、バカにすんなよと思って。
水上 作品がうまれる時って出会いがあったり、ある意味で奇跡的な事が必要ですよね。
瀬戸島 それがうねりみたいになっていくと盛り上がっていくんじゃないかって思う。ここまで来たら後に引けないと思います。
水上 楽しみにしていますこれからの展開に。「めんたいぴりり2」がまもなく放送ですね。
瀬戸島 はい、広げて太くしていく。ドラマもあり、博多座もあり、次の展開があり。でさらにどんどん増えていきながら最後は映画になればいいなぁと思っています。
取材を終えて
福岡のテレビ局が朝の連続ドラマを制作する。その番組が全国的に話題になる。パート2が制作される。舞台版が別のプロダクションで生まれる。これらの展開は、「めんたいぴりり」というドラマが生まれるまでは想像もできませんでした。そういうことができたらいいということは僕の夢であり願いでもあったけれど、形にするには至らなかった。そのことを実現し、この原稿が公開されているころには、パート2が放送され、博多座の舞台で劇場版「めんたいぴりり」が上演されている。
福岡で活動しているクリエイターや技術スタッフ、そして、多くの企業の力を結集して、芸術文化産業という新たな雇用を生み出せる街になる。そんな可能性を感じたインタビューでした。
瀬戸島さん、ますます忙しくなりますよ。ドキドキしながら、次の展開を期待しています。
取材・文責 水上徹也 シアターネットプロジェクト代表
2015.02.17
カテゴリー:劇ナビインタビュー
■■僕の人格を形成したもの■■
物心つく頃 神社の境内で祭りの時にやってきたドサ回り劇団のチャンバラ芝居
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年間に観た200本の映画
『子午線の祀り』は演劇体験の原点
『ブロードウェイミュージカル ウィズ』でミュージカル初体験
映画の道に進むつもりが子どもたちに演劇や音楽を見せる仕事に歌舞伎・文楽・能・狂言・落語といった古典芸能から人形劇・バレエ・ジャズ・オーケストラまで、あらゆるジャンルの舞台芸術を子どもたちに届ける もはや演劇のない生活は考えられません
でも演劇に触れたことがない人のほうが多いのが現実 はてさて、その魅力をどう伝えようか
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