劇ナビインタビューNo10 劇団四季 代表取締役社長 吉田智誉樹さん

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水上)本日はよろしくお願いします。5年ぶりになります。

吉田)前回インタビューしていただいたのは2016年です。ちょうどこの劇場の長期使用が始まる前でした。

水)今回は、キャナルシティ劇場での最後の公演という時期になりました。

吉)そうですね。

水)いろいろ複雑な思いがありますが、そのお話の前に、昨年からのコロナウイルス感染症による影響が大きかったことと思いますので、まずは四季がどのような苦労をされたのか、この1年を振り返って、この間に起こったこと、そして四季が取った対策、その辺りからお話を伺いたいです。

 

イベント自粛要請による公演の中止 劇団存亡ラインのシミュレーションを行う。

 

吉)コロナ禍はまだ継続しているので、総括する気持ちにはとてもなれないのですが、一種の記録として申し上げます。

やはり最も苦しかったのは昨年の春です。2020226日に政府からイベント自粛の要請がありました。この衝撃は大きかったですね。我々は舞台を上演し、そこから生まれる糧で生きています。糧を生み出すのは満員の客席です。これが問題とされてしまい、言葉にならないほどのショックを受けました。演劇はお客様がいないと成り立たない芸術ですので、社会に寄り添う宿命を持っています。当時、コロナウイルスは未知の疫病でしたし、我々も社会を守るために協力をしなければならない。身を切られるような思いで、要請に従って四季の全ての公演を中止にしました。先も見通せず、非常に不安でした。

 それでも、何としても組織を残さねばならない。最初に考えたことは、俳優やスタッフをどうやって守るかということです。特に公演が中止になり、出演が無くなってしまった俳優たちが心配でした。緊急事態宣言が発出され、ステイホームをしなければならなかった時期、スタッフの仕事は在宅でもできましたが、俳優たちはコンディションを保つため、家で自己鍛錬をするしかなかった。メンタル面で大きな影響を受けたと思います。また彼らの報酬は出演に紐づくため、公演がなくなったことで経済的な不安もあったはず。ですから、先ずはこの不安を解消できるよう、公演はありませんでしたが一定の報酬を支払いました。また、オンラインのレッスンなども導入し、稽古を続けられる工夫をした。再開の日はいずれ来ると信じて、その日のための準備に注力するようにしました。

 同時期に、劇団の「存亡ライン」について、シミュレーションを行いました。

コロナ禍は、おそらく我々が過去に経験したトラブルの中でも群を抜いて大きなものであり、かつ、ライブイベント業界の「一丁目一番地」を直撃した災厄です。そこで公演中止がこのまま長期間にわたって継続したり、あるいは公演が再開できたとしても客席数に大幅な制限がかかったり、さらには入場率が極端に低い状況が続いたりした場合、どのくらいの期間、この組織が存続できるのかというシミュレーションを行いました。資産状況の再点検や、借り入れの可能性の検討などです。その結果、もし公演中止や極めて厳しい客席数制限などが続いても、2年ほどは持ちこたえられる目算が立ちました。具体的なラインが見えたことで、少し平常心を取り戻すことができました。

水)具体的にはいつぐらいの時期に行ったんですか?

吉)昨年の春ですね。

水)4月、5月ですか?

吉)ステイホームが始まったばかりのころですね。

水)割りに早い段階だったんですね。

 

公演再開に向けて

 

吉)5月末ごろで緊急事態宣言が解除される見通しが立ち、公演再開に向けての議論が始まりました。

俳優たちは、最長で3ヵ月半ほどの自宅待機期間を強いられました。ですので、緊急事態宣言が解除されたからと言って、すぐに公演が再開できるわけではない。野球でいうところのキャンプインからやり直さなくてはいけないわけです。この稽古にどのくらいの時間がかかるか、どのように稽古を行うか、といったことを検討しました。

最も気を遣ったのは、感染対策です。600人いる俳優たちが一斉に稽古場に集まることは、感染防止の観点から、極めて難しくなってしまいました。万一感染者が出た場合、全く制御ができなくなってしまうからです。そこで、カンパニーごとに班分けをして稽古を行うことにしました。

 我々には、舞台セットがそのまま入るほどの大きな稽古場が3つあります。当時、6つのカンパニーが再開予定でしたので、まずは6班を半分に分けた。そして前半の3班が、3つの稽古場に分かれて稽古をするようにしました。さらに食事やトイレの場所も班ごとに全部ゾーニングをして、それぞれが交わることの無いよう徹底しました。前半組が稽古場で2週間稽古を行い、彼らが劇場に行ったあと、次の3班が稽古場で稽古を始める。この2段階を経て公演再開に向けた稽古を行いました。

稽古を始める前には、感染制御学の先生にご意見やご指導をいただき、様々なリスクについて理解を深めながら進めていきました。

水)ひとつの班で450人くらいいますね?

吉)そうですね。スタッフまで入れると、さらに多くなります。

 

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再開の日が創立記念日

 

吉)劇団員から一人も感染者を出さないよう厳重な注意を払いながら、再開の日を迎えました。714日でした。この日は奇しくも、我々の創立記念日。もちろん、アニバーサリーに合わせた再開など考えたこともなく、冷静な作業工程の逆算から導き出された日程でした。この偶然には、天国にいる先輩たちが後押ししてくれているような、「お前らまだ、くたばっちゃだめだぞ」と言ってくれているような気がしましたね。公演が再開したときには、本当にみんな感動していました。毎日のように公演がある日々を過ごしていた俳優たちが、その仕事を4ヶ月近く奪われて、ようやく舞台に立てた。終演後にはみんな楽屋で泣いていました。客席は収容人数の半数しか入れられない状況だったのですが、それでもいつもより拍手が多かったように感じました。

水)それは、同じような仕事に携わっている人間として、とてもよくわかります。あの拍手ってうれしいですよね。

吉)そうですね。あの日はやっぱり特別でしたね。お客様の中にも、涙を流して喜んでおられる方もいました。

水)それを目撃されたのはどの舞台だったんですか?

吉)KAAT神奈川芸術劇場で上演した「マンマ・ミーア!」ですね。本当は3月に開幕する予定で、舞台稽古、通し稽古までやっていたのですが、そこで公演中止になってしまった。結果的に、この日が初日になったのです。数か月遅れてやっと開幕できた公演だったので、なおさらでした。

水)そうでしたか。714日。創立何周年記念だったんですか?

吉)67周年です。劇団の歴史に残る日になりました。

 

業界に画期的な動きが生まれる。「緊急事態舞台芸術ネットワーク」の成果

 

水)コロナ禍で吉田さんもいろいろ発信をされました。社会的にも変化がありました。

吉)大きなトピックとしては、「緊急事態舞台芸術ネットワーク」という業界団体が出来たことです。これは、野田秀樹さんと骨董通り法律事務所の福井健策弁護士が、粉骨砕身して作ってくださった組織です。劇団四季もここに参加しています。私は今、代表理事の一人でもあります。

水)それはどんな活動をされているんですか?

吉)公演を行うためのガイドラインを策定したり、政府との折衝を行っています。安全安心な劇場運営のためにどのような対策をすればよいのかというガイドラインを定め、関係機関と協議し、公演の再開を実現するのが最初の目的です。また、演劇界を支援したいと考えていた政府からは、「どこに話をすればいいのか分からない」と言われていました。コロナ禍以前、この業界には包括的な団体がなかった。今はこの緊急事態舞台芸術ネットワークが、演劇界を代表して政府や自治体と折衝を行っています。

私自身は、国や自治体との折衝を担いました。たとえば、緊急事態舞台芸術ネットワークの代表として、当時の総理大臣である菅さんのところに伺い、演劇界の実情をお伝えしたり、補助金の積み増しをお願いしたりしました。また、海外アーティストやクリエイティブスタッフの入国制限緩和をお願いしました。

水)これはある意味画期的ですね。

吉)本当に画期的だと思います。

水)その緊急事態舞台芸術ネットワークによって得られた成果がかなり大きいということですか?

吉)そうですね。成果は確実に表れています。

水)先ほど補助金の話が出ましたが、具体的に、四季が受けた公的な支援はありますか?

吉)経済産業省のJ-LODliveと文化庁の継続支援事業が主なものです。これらの支援には、非常に感謝しています。ただ審査が煩雑で、入金まで長い時間が掛かっています。こうした問題について、今も政府と折衝しています。

 

入場者数の制限撤廃に向けて

 

吉)今緊急事態舞台芸術ネットワークで主張していることの1つが、収容率制限の撤廃です。今(914日時点)は、緊急事態宣言や蔓延防止等重点措置が発出されると、定員の50%までしかチケットを販売できないことになっています。その時点で販売済みのチケットを払い戻す必要はないものの、かなり厳しい制限です。これは是非とも撤廃をお願いしたい(1119日にイベントの開催制限が緩和されました。マスクの着用や大声を出さないことの徹底、密集回避などの感染防止策を行えば、人数上限10000人かつ収容率の上限を100%にすることが認められています。)

水)それを交渉しているんですか?

吉)はい。内閣府のコロナ対策室の方々や、西村大臣(当時)にも直接、お目にかかってお願いしました。劇場では、お客様は基本的に全員前を向いて舞台をご覧になり、上演中は声を出されることもない。現在はどの劇場も感染対策を徹底しており、客席では会話を控えるようお客様にお願いもしています。収容率に制限をかけるのであれば、エビデンスを示していただきたいと思っています。

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福岡市のキャナルシティ劇場入口

水)たしかにそうですね。映画館は、常に換気することで安全性をアピールしています。

 

吉)劇場も、法令によって一定の換気能力を持つことが義務付けられています。これによって、必要十分な換気が既に行われている。さらにお客様には、ご観劇に際しては、自宅や職場から直接劇場にお越しいただき、終演後は速やかにお帰り頂く、つまり「直行直帰」のお願いも行っています。

 

水)早く撤廃してほしいですね、制限を。私も同じ仕事をしている経営者として、融資も含めて2年までは何とか持ちこたえられる準備をしました。先ほど吉田さんが最初におっしゃった「俳優に対しての収入の補償」というのは、経営者としてはとても大切なことで素晴らしいことだなと思いました。経営体力的に持つ期間というのは限られていると思いますが、もうしばらくコロナと一緒の生活様式の中、続けながらやらざるを得ないですね。

吉)そうですね。完全な収束に至るには、まだ時間がかかると思っています。

 

改善の兆しも

 

吉)お客様も徐々に戻って来てくださっています。今年の6月に「アナと雪の女王」が東京で開幕したのですが、特にこれが好評です。現在202212月までのチケットを販売しており、来年の4月頃までは、ほぼ完売している状況です。この作品の好調が他の演目にも影響し、全体的にチケットの販売状況は上がってきています。

水)それこそこの間、東京に出張に行ったときに、そのチケットは、もう全然なかったです。

でも「アラジン」は拝見しました。とても感動いたしました。

吉)ありがとうございます。

水)これから、まだ見通せない部分も多いですがいかがですか。

吉)今後もしばらくの間は、コロナと付き合っていかざるを得ないのでしょう。しっかりと感染対策を行って劇場の安全性を訴えながら、お客様を迎え入れ続けるということでしょうか。幸いにして、当初、劇団の存亡ラインをシミュレーションしたときよりも、状況はかなり良くなっています。

水)回復してきたんですね、良かったです。海外のカンパニーともお付き合いがあると思うのですが、海外でも昨年一年はロックダウンがあったり、パリでもニューヨークでも動きが止まっていました。今、向こうの動きはどうですか?

吉)ロンドンの劇場は7月くらいから再開しているようですし、ニューヨークは、大部分の劇場が今日から再開ではないでしょうか。

水)なるほど、そうですか。世界も少しずつ動きが始まってるようで、明るい見通しが出てくるかもしれませんね。

吉)そうですね。現状を改善するための策としては、やはりワクチンの接種率が高まっていくことだと思います。実感もあります。というのも、福岡での「キャッツ」もそうですが、65歳以上の方のワクチンを接種が進むまでは、若いお客様が多かった。若いご夫婦がお子さんをつれていらっしゃる姿はありましたが、祖父母世代がご一緒されるケースは少なかったように感じました。それが、最近は三世代で来てくださっている姿をよく見かけるようになりました。

水)なるほど。その辺でもマインドが変わってきてるということですよね。

 

四季の創作活動

 

水)コロナの話はこの辺にして、今度は四季のこれからのことをお聞きしたいです。この間「ロボット・イン・ザ・ガーデン」を拝見させていただきました。

吉)ありがとうございます。

水)いわゆる完全オリジナルとして作られましたよね?先日東京の劇場でポスターを拝見しましたが、「バケモノの子」も来春上演予定とのこと。そういう新たなオリジナル作品の創作というのを今始められています。

5年前にお話をお聞きしたときは、「浅利慶太さんが代表の時には、浅利さんの作品があった。それ以降、ディズニーなど海外作品ではないオリジナルのものをどうやって制作されますか?」とお聞きしました。その時には「劇団内でクリエイティブの才能を発掘して育てたり、外部の力を借りたり、様々な方法を考えている。ネットワークを持っているので、海外のスタッフの力をお借りすることもあるかもしれない」とおっしゃっていたのですが、その時からこの「ロボット・イン・ザ・ガーデン」についても考えていたのですか?

吉)2016年末には、「ロボット・イン・ザ・ガーデン」が題材の候補に挙がっていたはずですね。おっしゃる通りで、この作品には、演出や台本・作詞など様々な分野で外部のクリエイターが携わっており、パペットデザインとディレクションを担当してくださったのは、ディズニーの「リトルマーメイド」で協業した、イギリスのトビー・オリエさんです。「ロボット・イン・ザ・ガーデン」に登場するロボットのタングはパペットで表現することになったため、迷わず彼にお願いをしました。本来は稽古期間に来日していただいて、指導していただくはずだったのですが、コロナ禍で叶わず、創作も俳優の稽古も全てリモートで行いました。

水)えー、あれを?

吉)イギリスにいらっしゃるトビーさんが、ご自身で作った小さいタングを画面越しに見せながら、足はこういう風に動かすんだよ等、具体的に指導してくださったんです。俳優たちがタングを操作するのも、最初は非常に苦戦していて、ジタバタしているだけで、ただの“物”にしか見えなかったのですが、今は御覧の通りで非常にスムーズですし、彼の意思を正確に表現出来ています。これは全て、トビーさんのご指導の賜物です。

水)久しぶりに作られた新作でパペットを使っているというのがちょっと意外でした。

吉)どうやってタングを表現するかを試行錯誤している中、パペットを使うという結論に至ったのは、トビーさんの存在が大きかった。この人に相談すればいいアイディアを出してくださるんじゃないかと。結果、とても愛らしいタングを作り上げてくださった。お客様にもたいへん人気があります。

 

映像配信

 

水)ちょうど開幕は緊急事態宣言の最中でした。ライブ配信もやりましたよね。

吉)劇団四季として初めてのライブ配信となりました。

水)あれについては、どういう経緯で?

吉)収益の多様化という目的が第一です。ライブ配信が演劇の感動を100%代替することはできませんが、遠方にお住まいの方や劇場に足を運べる環境にない方が、配信を通じて作品をお楽しみいただけるメリットは大切にしたいと考えました。

水)配信をご覧になった方というのはどのくらいの規模いらっしゃるんでしょうか?

吉)こちらの予測を大きく上回る数のチケットをご購入いただきました。本業を補えるほどではありませんが、一定の成果はあったと思っています。

水)本業はもちろん生の演劇。四季はずっと演劇専科でやってこられているのでそれは変わらないと思うんですが、今おっしゃった観劇機会の拡大と収益の多様化のことも含めると、今後の1つの課題にはなりますね。

吉)ライブ配信は今後も継続していきたいと思っています。「はじまりの樹の神話~こそあどの森の物語~」というオリジナルのファミリーミュージカルが今年8月に自由劇場で開幕したのですが、この作品でも2日間で計4公演、ライブ配信を行いました。ただ、ライブ配信や映像の二次使用は、海外から輸入する作品では契約的に許されていませんので、我々自身が権利を持つ作品でないとできません。ですから、今後は新しいオリジナルコンテンツの創作が、ますます重要度を増してきます。先ほど話題になった新作の「はじまりの樹の神話」は、福岡でも来年2月に上演予定ですので、ぜひ生の舞台をご覧いただきたいですね。

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はじまりの樹の神話

 

新作の魅力を大いに語る

 

水)オリジナル作品の創作活動には期待したいです。

吉)多少無謀だと思われても、「年に1本、新作オリジナルを作る」という目標を掲げ、ここまでは何とか実現出来ています。2019年は「カモメに飛ぶことを教えた猫」というファミリーミュージカルを、昨年には「ロボット・イン・ザ・ガーデン」、今年が「はじまりの樹の神話」です。ファミリーミュージカルと一般ミュージカルを交互に創作しています。そして来年が「バケモノの子」ですね。

水)「バケモノの子」は長編アニメーション映画が原作ですが、オリジナル作品の創作活動はいわゆる原作探しからですか?

吉)先ほど挙がった4作品はすべて原作があります。「カモメに飛ぶことを教えた猫」、「ロボット・イン・ザ・ガーデン」、「はじまりの樹の神話」の三作は小説が原作ですね。「バケモノの子」は、おっしゃる通りで、今年「竜とそばかすの姫」が大ヒットした、細田守監督率いるスタジオ地図製作のアニメ映画です。原作、すなわち題材探しが1番大事です。

水)原作探し。次に台本作成、作詞作曲というスタッフワークがある。

吉)はい。実際の作業に入る前には、クリエイターの布陣を決めなければなりません。「ロボット・イン・ザ・ガーデン」では、長田育恵さんと小山ゆうなさんという2人のクリエイターに、それぞれ台本・作詞と演出を担当していただいたのですが、非常にいいチームになったと思っています。私は長田さんのファンで、以前からよく舞台を拝見していました。特に印象に残っているのが、こんにゃく座のオペラ「遠野物語」。柳田国男の伝聞集を見事なストーリーに組み立てておられて、その構成力に感心しました。新しいオリジナル作品の台本をお願いするのはこの人しかいないとオファーをしたら、ご快諾を頂きました。

水)そうなんですね。そうやって社長自ら、発掘されることもあるのですね。

吉)小山さんの舞台は、世田谷パブリックシアターで上演された「チック」という作品を拝見しました。読売演劇大賞の優秀演出家賞も受賞された作品です。これは、いわゆるロードムービー型のお芝居でした。ロードムービーのようなストーリーを舞台にするのは、様々な工夫が必要で、難しいんです。場所の変化や移動を、限られた舞台上で表現しなければならない。小山さんはそれを見事に捌かれていました。ご覧になってお分かりのように、「ロボット・イン・ザ・ガーデン」は世界中を旅するお話ですからね。こういう複雑な構造を持った物語の演出には小山さんしかいないと思い、お願いをしました。

 

「バケモノの子」

 

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水)「バケモノの子」はいかがですか?

吉)「バケモノの子」の演出は、青木豪さんです。青木さんとは2018年に上演した「恋におちたシェイクスピア」で一度、一緒にお仕事しているのでよく存じ上げています。青木さんも本当に素晴らしい演出家です。キャストと一緒に役を作るような演出をされる。

水)これは2022年の春からですね。今はまだ本の最中なのかな?

吉)台本は劇団のOGで、「アナと雪の女王」の翻訳で知られる高橋知伽江さんにお願いしました。ほぼ出来上がっています。少し前に仮のキャストで読み合わせを行いました。まだ音楽も歌もない状態ですが、非常に素晴らしい出来でした。親子の愛、つまり親が子を想う愛、子が親を想う愛が丁寧に描かれていて、幕切れは非常に感動的になりました。また、異世界の物語ですから、イリュージョンやトリックも使われる予定です。お客様をびっくりさせつつ、最後は大きな感動で包み込みたいと考えています。

水)そうですか。それは楽しみですね。

吉)乾坤一擲の勝負です。劇団四季史上、最大規模の新作オリジナルミュージカルとなります。しっかりと準備して、成功させたいです。また、すぐには無理ですが、将来は海外で上演するといったことも考えていきたい。

水)いいですね。そういう勝負に出られるのは、とっても応援したくなります。

吉)ありがとうございます。頑張って良い舞台を作りたいと思います。

水)楽しみになってまいりました。

 

キャナルシティ劇場の専用使用の終了

 

水)ここキャナルシティ劇場の専用使用が来年で終了ということですが、福岡や九州での今後の四季の活動についてお話を聞かせてください。

吉)20225月でキャナルシティ劇場との契約が終了します。我々は継続したかったのですが、オーナーのご意向を尊重しなければなりません。また、ここまでの間、劇場の占有使用を認めてくださったオーナーには、心から感謝をしています。

コロナウイルスの影響を受けるまでの平均入場率は90%を超えていました。我々としてもしっかりとした成果を残せたと感じています。今後も福岡、九州での演劇活動は続けていきたい。一旦は、全国各地を巡演するツアー公演のスタイルで、福岡や九州の各都市をお邪魔するという形になると思います。必ず年に数回は公演させていただこうと考えています。

水)福岡には劇場が少ないですよね?

吉)おっしゃる通り、長期間お借りできる劇場が少ないので、公共ホールを使って、お貸しいただける期間内での公演をするということになります。最長1週間程度と伺っていますので、公演は45日程というところでしょうか。「キャッツ」や「オペラ座の怪人」、「ライオンキング」といったような設営に長期間を要するものは、現状では上演が難しくなります。

ただ、この状態がベストではないと感じています。これまでずっと拠点劇場を構えて公演をさせていただいた都市ですので、手段がないかを模索していこうと思っています。

水)福岡市では大型ミュージカルが上演出来る劇場がキャナルシティ劇場と博多座と福岡市民会館。市民会館が今、建て替え準備中で、建て変わっても、貸館として手一杯になりそうなんですよ。福岡には劇場が足りていないんじゃないかと思うのですが、いかがですか?

吉)そうなのですね。我々としても、フレキシブルな運用をして下さる劇場がもし福岡にあれば、可能性は広がります。

水)ぜひ働きかけてください。

吉)努力は続けますが、我々だけでは難しいかも知れません。地元のご協力が得られれば力強いと思います。

 

専用劇場は福岡に必要?

 

水)これから福岡では、舞台設営に時間のかからない規模の作品が上演されるということですね。

吉)例えば「ジーザス・クライスト=スーパースター」はツアー公演の実績もありますし、「ロボット・イン・ザ・ガーデン」は来年全国ツアーを行います。そういった種類の作品が主になると思います

水)長期公演が無くなるということは、日常生活にミュージカルが溶け込んでいた生活がスポーンとなくなってしまうという問題もあるわけですよね?

吉)現状では、長期間のロングラン公演は難しいです。お客様には本当に申し訳ないと思っております。

水)あったものがなくなるのですから、そのことに対する働きかけというのは起きてもいいと私は思うのですが。

吉)福岡でも多くの方が「四季の会」という会員組織に入会されていますし、その方々に対してソフトを提供し続ける責任が我々にはあると思っています。ただ、現状では如何ともしがたい。コロナ禍で経営基盤に直撃を受けている状況では、我々自身が劇場を建てるという選択肢も難しい。やはり現在ある劇場をお借りするという形は変えられないと思っています。そして現状、長期間でお借りできる劇場の目処が立っていないということです。

水)今はですね。しかも、建てると言っても劇場の建設には何年かかかりますからね。

吉)そうですね。また仮に長期間お借りできる劇場があったとしても、劇場の予約というのは通常2年先、3年先になります。現状、目処がたっていないということは、少なくとも数年間はツアー公演を中心とした上演になるかと思います。

水)昔、百道浜にキャッツ・シアターを建てられましたね。

吉)はい。ただ、あの劇場はテント型の仮設劇場でした。これは「キャッツ」だから実現したこと。テント型の劇場は外の音も入ってしまいますが、これは都会のゴミ捨て場を舞台にした「キャッツ」だからこそ許される。同じ条件で「オペラ座の怪人」を上演するというわけにはいきません。

水)そうですね。

吉)また、「キャッツ」には、いわゆる吊りものがありません。劇場にはフライタワーという、吊りものを収納する部分があるのですが、「キャッツ」を上演する劇場にはこれが必要ない。ですから、テント型でも上演できるんです。

水)たしかに、おっしゃる通りですね。では、当面は我慢するしかないということですね。

吉)本当に申し訳ないと思っています。

水)劇場を立てるには10年くらいかかりますから、ぜひ、早めに声掛けていただいて、動いてください。実績を使ってですね、プロモーションをぜひ、働きかけをお願いします。

 

コロナ後を見据えて。演劇の唯一無二の体験価値とは

 

水)最後の質問になります。withコロナにおいての我々のエンターテインメントについて、ご意見等があればお聞かせください。

吉)コロナ禍に見舞われ、「演劇とはなにか?」をこれほど考えた日々はありませんでした。「ニューノーマルな業態でないとどの業界も生き残れない」という声を耳にし、では「演劇のニューノーマルとは一体なんだ?」と考え抜きました。

ライブ配信は、その一つの答えなのかもしれません。しかし先ほども申し上げた通り、映像がベースになる配信では、演劇の魅力を必要十分に代替できないと強く感じていました。そんな時、ある雑誌に掲載された「チームラボ」の代表者、猪子寿之さんのインタビューを目にしました。猪子さんはその中で、「アフターコロナのようなものはない。以前からあることは加速するが、これまで起こっていないことは、いずれ元に戻る」ということをおっしゃっていました。

その言葉が非常に腑に落ちて、頭の中が整理できました。「これまで起こっていないこと」には必ず理由がある。それは、「起こるべき価値が無かった」からだと思うのです。ライブ配信やzoomを使った演劇は、コロナ以前には存在していなかった。それは、このような手法が、そもそも演劇足り得なかったからだと思います。演劇の魅力の源泉は、人同士が直接その場で相対し同じ空気を共有する「同時性」と、同一公演であっても全く同じ舞台は二度とできないという「一回性」です。配信ではこれがどうしても伝わらない。ネットや映像が演劇の完全な代替足り得るためには、映画「マトリックス」のように、人間の神経組織に直接電気信号を送るような技術でも開発されない限り、恐らく難しいのではないかと思います。世界がどんなにリモート時代に変わろうとも、演劇の魅力は、このアナログで手間が掛かる構造そのものに存在している。だから、「いずれ元に戻る」と思うのです。

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水)そうですね。観客も舞台を構成するひとつの要素ですよね。

吉)その通りです。お客様がいない演劇というのはありえない。お客様がいなければ、それは舞台稽古にすぎない。演劇は、観客が客席に座って、初めて成り立つ芸術なのです。これまで人類の歴史には様々な疫病の流行や戦争、災害がありましたが、演劇は古代ギリシャの時代から今まで、ずっと同じ形で残っている。演劇はしぶとい芸術なのだと思います。

 

水)最後に力強い言葉をもらいました。ありがとうございます。おっしゃる通りですね。本当に長時間、ありがとうございました。これからの活躍をご祈念いたします。ともに生き残っていきましょう。

 

 

<編集後記>

吉田社長へのインタビューは2回目になります。

コロナウイルスの世界的な感染拡大で大きな影響を受けた演劇業界ですが、いち早く組織の維持に向けて動かれた吉田さん、真っ先に劇団員の生活保障を行ったことは素晴らしいことです。

まだ終息が見通せない中で、厳しい一年間を振り返ってもらいました。

インタビューの中で、一番生き生きと話が進んだのは、作品を語るときでした。

演劇少年のように作品の魅力を語る吉田さんは嬉しそうに笑顔がこぼれて、ああ、ホントに演劇がお好きなんだと感じました。

キャナルシティ劇場とこれからの福岡の話の時には苦しそうでした。質問者側がつい突っ込みすぎまして、いろいろとプレッシャーをかけてしまいました。

今後のコロナ後について、演劇の価値を語っていただきましたが、同業者として共感する話でした。

 

この取材は2021914日に行いました。

内容については、取材時の状況が反映していますこと、ご了解ください。

 

文責:水上徹也

2021年12月17日 20:20  カテゴリー: NO10 劇団四季 吉田社長 劇ナビインタビュー | コメント(0) |
劇ナビインタビューNo9 襲名50年を迎えられた歌舞伎俳優 四代目片岡亀蔵さん

歌舞伎俳優 四代目片岡亀蔵さんが、今年で襲名50年を迎えました。

五代目片岡市蔵の次男として生まれ、初舞台は1965年12月。本名の片岡二郎を名乗って、なんと4歳で歌舞伎座の舞台に立ちます。

1969年11月の十代目市川海老蔵(十二世團十郎)襲名披露興行に四代目亀蔵を襲名して、『弁天小僧女男白浪』の「丁稚三吉」として出演。当時8歳の襲名でした。

二世尾上松緑の元で修業し、十八世中村勘三郎の平成中村座やコクーン歌舞伎に常連として参加。

新作歌舞伎での演技は自在で、脇役としての存在感は唯一無二。歌舞伎以外に、映画や現代劇にも出演し、その演技力を発揮しています。

今回、平成中村座小倉城公演にご出演の亀蔵さんを、平成中村座のお大尽席にお呼びして独占インタビューしました。

今回の劇ナビインタビューは、動画でご紹介します。

なお、「平成中村座小倉上公演」は、令和元年11月1日~26日まで、小倉上勝山公園内の特設劇場で上演中です。



片岡亀蔵さん
2019年11月19日 15:42  カテゴリー: No9 片岡亀蔵さん 劇ナビインタビュー | コメント(0) |
劇ナビインタビュー No8 劇団四季 代表取締役社長 吉田 智誉樹さん

ミュージカル『美女と野獣』が好評のうちに千秋楽を終えました。
福岡で3年間の“キャナルシティ劇場”の専用使用を発表した劇団四季の吉田社長にインタビュー。
浅利慶太氏からバトンを渡され、劇団四季のかじ取りをどのように進めているのか、お話を伺いました。


バトンを受け継いで

水上:浅利慶太さんからバトンを受け継いで2年目になります。浅利さんはカリスマ的なものをお持ちだったと思うのですが、引き継いだ今のお気持ちと意気込みをお聞かせください。

吉田浅利慶太先生は、歴史に何人出るかわからない偉大なカリスマです。本当に多くのことを自らで切り開き、強烈なリーダーシップで組織を率いてこられた。私は凡人ですので、当然同じようにはできません。自分としては、劇団内の各部門と議論し、その上で最善の選択をする。二年間そんな方法で社長業に取り組んできました。これからも変わらないと思っています。
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劇団四季という組織に流れる「血液」の確認

水上:浅利さんはオリジナルのミュージカルも創られていましたが、全国的な劇団四季のこれからをどのようにお考えですか?

吉田:四季は、私が引き継いだ2年前から約1,200名の大きな所帯のままで、俳優が600名、技術者が300名、営業などの経営部門に300名ほどの所属員がいます。浅利先生が退かれた後も、この巨大組織が変わらずに運営され、お客様に作品を届け続けることが一番大切です。幸い、四季には浅利先生の残された理念がある。先生の卓抜したところですが、この理念や、方法論が極めて具体的なのです。抽象的なところが一つもない。俳優、技術スタッフ、経営スタッフ、それぞれに、細かくリアルに残っています。だから、まず我々は、この教えに忠実であろうと考えました。理念を組織の「血液」とすると、全員がこれを共有しなければいけない。カリスマが直接指揮をとることはないが、そのスピリッツで組織を動かすということですね。
しかし、演劇界や日本のお客様も少しずつ変化していきます。教えや理念を尊重することは、それを盲信することと同義ではありません。当然、アジャストは必要になる。時には全く新しいチャレンジも必要でしょう。新体制の3年目以降は、この作業が中心になると考えています。
海外ミュージカルの日本版レプリカを制作することは、今でも問題なく可能です。例えば東京での『アラジン』は大ヒットしていますが、これは新体制になってから作り出したものです。問題はオリジナル作品の創作でしょうか。もちろん、すぐに実現できるとは思ってはいません。ただ浅利先生の時代にも、「昭和の歴史三部作」『ユタとふしぎな仲間たち』など数々のオリジナル作品を生み出していますから、創作を志向するエネルギーは組織の中に蓄積されているはずです。

 

創作のエネルギー

水上:作・演出はやはり劇団内に育てていくのですか?

吉田:いま、その問題を議論しているところです。先ずは劇団内から出てきてくれることを願っています。そのためには、組織の中に才能を発掘し、育てるシステムを作る必要がある。一方で演目の多様性のためには、或いは外部の力を借りた方が良い時もあるでしょう。今年も一つトライアルを行いました。それは『ウェストサイド物語』の再演です。既に四季で1400回ほど上演している定番中の定番作品で、福岡でも09年に上演しています。ただ全体のテンポ感や、今のお客様が求めている躍動感などには課題もあると感じていました。そこで『ウェストサイド物語』を作ったジェローム・ロビンスの財団が公認する演出家、振付家であるジョーイ・マクニーリーさん─07年版の振付担当でもあり、浅利先生とも一緒に仕事をして四季のことも理解している─にリメイクをお任せしてみようということになったのです。

水上:確かにミュージカルは、国内の演出家と限らずに世界中から引っ張ってこられます。

吉田:そうですね。海外作品の上演を契機に生まれた人間関係もたくさんあります。

水上:これは福岡公演も考えていらっしゃいますか?

吉田『ウェストサイド物語』新演出版は、この年末年始に福岡で上演されます。上演時間が15分くらい縮まってテンポが良くなりました。

水上:演出に伴って装置も変わったのですか?

吉田:装置は、舞台美術家の土屋茂昭さんによるニューバージョンです。

 

福岡のポジション

水上:キャナルシティ劇場をこの先3年間専用使用されます。福岡というのは全国の展開の中でどういうポジショニングですか?

吉田:九州地区の拠点ですね。交通のインフラが整い、地域のエネルギーもパワーアップし、九州における福岡のプレゼンスは非常に大きくなっている気がしています。そこに定期的に我々の作品を提供できるのは非常にありがたいですね。大切な場所だと思っています。

水上:3年ということですが、その後の継続はお考えですか?

吉田:まずは与えられた3年間、全力を尽くすことだけを考えています。3年後の社会状況、福岡演劇界全体の動向、劇団の創作能力、上演できる作品の有無などを考慮し、総合的に判断したいと思います。

 

海外戦略について

水上:ほかのプロダクションからも言われることが多いですが、福岡はアジアが近くて、上海は東京に行くよりも近い。釜山も1時間で行ける。四季では海外戦略は考えていらっしゃいますか?

IMG_9525.jpg吉田:例えば、インバウンドのお客様が我々のターゲットになるのかどうか。四季の主力ラインナップは、現状では海外の翻訳ミュージカルです。ブロードウェイやロンドンの名作を翻訳して日本で上演しているわけですが、インバウンドのお客様が求めている作品が果たしてこういうものなのか。意志さえあればロンドンやニューヨークにも行ける方々が、福岡や東京で何をご覧になりたいかをしっかりと分析しなければいけない。インバウンド専用の作品を開発する必要があるかもしれません。まず、海外のお客様が日本のショウビジネスに何を求めていらっしゃるのかを知る必要がありますね。

水上:「福岡に来ているから四季を見てもらおう」ということではない、と?

吉田:宝塚や歌舞伎、文楽などは日本にしかないので、海外の方は興味を持つかもしれませんね。我々は慎重に考えたいと思います。

水上:海外公演に行くことは?

吉田:将来的にはオリジナル作品を海外でも上演したいですね。そういう時代が来るよう努力したいと思います。



ミュージカル『リトルマーメイド』

水上:経営者としても手堅い、堅実な印象をお受けします。福岡では具体的には年末に『ウェストサイド物語』を上演されて、そのあといよいよ『リトルマーメイド』ですか?

吉田:その通りです。そして、キャナルシティ劇場での仕事を再開するにあたり、我々は、2010年に常設劇場からスキームを変更した際の出来事を忘れてはいけないと思っています。発言が二転三転し、お約束した公演も実現できず、お客様に迷惑をかけてしまった。だから今回は、先ずは与えられた3年間の中でしっかりと仕事をしたい。無理のないところからチャレンジを始め、将来を考えていきたいと思っています。また「お客様が何をお望みか」を考えた時、やはり福岡で未上演の“新作”が良いと思いました。『リトルマーメイド』は東京で上演中ですが、非常に強い動員力を持っています。

水上:福岡と東京のダブル公演ではなく、東京の舞台を福岡に持ってくるということでしょうか。

吉田:実は名古屋に新劇場を作り、そのこけら落とし公演も同じ『リトルマーメイド』なのです。今年10月にスタートしますが、福岡公演はこれと並行して開幕します。しばらく福岡、名古屋の2班体制です。

水上:それでは役者を2班作らなくちゃいけない。

吉田:2班並行上演は『美女と野獣』『ライオンキング』で体験済みなので、その困難さは十分わかっています。高度な演技力、歌唱力、ダンス力のある俳優を常時複数名シフトしなければならない。大変ですが、良い作品をいち早くお届けするためにはこの方法しかありません。

水上:それは期待が高まりますね

吉田:セットももう一つ作るので、日本初演と同様のエネルギーが必要です。

水上: 動員目標はどのくらいですか?

吉田:できるだけ長く続けたいですね。先ずは一年のロングランを目標に全力を挙げます。

水上:せめて一年は続いてほしいですね。

 

福岡エリアのポテンシャル

吉田:東京の実績を分析すると、福岡でもそれくらいのポテンシャルは十分にあるはずです。

水上:『ライオンキング』は福岡の最初の公演の動員が69万人です。

吉田:公演回数も700回ですからね。驚くべきエネルギーです。福岡の潜在的な文化力を垣間見た体験でした。

水上:他の都市に比べてこの数字はどうなんでしょう?

吉田:例えば名古屋などと比べても遜色は無いですね。

水上:そうですね、名古屋の方が人口的には福岡の倍以上はいますからね。

吉田:当時の福岡における『ライオンキング』の浸透度、プレゼンスは、名古屋以上のものがあったかもしれません。

水上:新幹線ができてから、「北九州芸術劇場に鹿児島から観に来る観客が増えた」という話もあります。九州の交通環境が変わって、九州各県の人たちが移動する距離が大きくなってきているんでしょう。

 

四季版『リトルマーメイド』

水上:実は私、『リトルマーメイド』を以前、ニューヨークで観たんです。装置はすごいのだけれども、なにか不消化に終わって、、。

吉田:私もニューヨークのオープニングナイトを観劇しました。これは、日本で上演するとなると相当なコストが必要になると感じたのが第一印象です。

水上:なるほど。

吉田:結局、ニューヨーク版は四季では上演しませんでした。その後、ディズニーの幹部から新しいバージョンがオランダで誕生するとの話を聞き、直ぐに観に行きました。実は、四季で最初にこの作品を観たのが私なのです(笑)。ロッテルダムのホテルから当時の浅利社長宛てに、「素晴らしい作品だから上演すべきだ」というリポートを送ったことを今でも覚えています。

水上:まさにブロードウェイ版もヨーロッパ版も見たわけですね。

吉田:ナンバーがいくつか追加になり、ニューヨーク版にはない重唱が使用されるなど、物語が深まっているのが特徴です。登場人物それぞれの心情を、しっかりと観客が理解できるようになっています。

水上:それをやることになったわけですね。実際、劇団四季の『リトルマーメイド』の評判はいいです。

吉田:普段は海外オリジナルの舞台をダウンサイジングして日本に持ち込むことが多いのですが、この作品では逆に、ビジュアル面を更にスケールアップさせました。ディズニーと四季のクリエイティブチームが協力して、魚の種類を増やしたり、船をスケールアップしたり、いろんなテクニックを使ってより豪華にしたのです。これが福岡に来るわけです。

水上:ヨーロッパ版とも違う四季版ということですね。

吉田:世界のプロデューサーがディズニー社に『リトルマーメイド』を観たいと問い合わせると、「日本に行って観てください。それが今の我々のスタンダードだから」と言ってくれるほどです。

水上:東京での上演は3年くらいですか?

吉田:そうですね、東京では3年以上上演し、ほぼ満席ですね。

水上:リピーターが多いんでしょうか?

吉田:リピーターのお客様もいらっしゃいますが、初めてのお客様も多いかな。一番多いのはお嬢さまのいるご家族ですね。この作品は娘をお嫁に出す話です。だから、終演時の表情を拝見していると、どのご家庭でも、一番感動しているのはお父様ではないかと思われます(笑)。

水上:それは気になりますね。(笑)アニメと同じ内容ですか?

吉田:ストーリーは同じですが、キャラクターそれぞれの「背景」が追加して描かれ、ドラマが深まっています。アリエルがなぜ陸を目指すのか、エリックがなぜ海に向かうのかという「動機」が、観客に分かりやすく伝わるようになっているのです。

水上:アニメと違って舞台になるとリアリティが大事になりますね。その他には?

吉田:もう一つ特徴を申し上げておくと、フライング技術でしょうか。全てコンピュータープログラムで、動きはプリセットされています。吊られている人はその動きを頭に入れて、ポジションにつくときにどういう演技をするのかを覚えておくわけです。これは普段と逆で、人間が機械に合わせるんですね。

水上:それは難しそうですね。

吉田:とても難しいです。しかし人間が手で綱を引くことでは不可能な、細かい動きが表現できます。「水をたゆたう人魚」を、お客様にリアルに感じていただけるわけです。

水上:その印象は覚えています。ニューヨークで観た時にも本当に水の中のような印象を受けました。
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 ⓒDisney


九州の俳優たち

水上:俳優の人たちが2班なので、たくさん必要という話でしたが、九州出身の俳優の方はいらっしゃいますか?

吉田:ボーカリストは九州出身の人たちが多いですね。そういう意味でも九州での仕事を継続し、これからもミュージカルを志す人たちが四季を目指してくれるといいなと思いますね。

水上:浅利さんがおっしゃっていましたけど、九州の人は喉が強い、だから歌がうまい人が多いと。

吉田:実際にそう感じます。俳優約600名の中で、九州・山口出身者が60名くらいいる。結構な比率ですよね。もちろん東京や大阪の出身者も多いけれど、人口対比だと九州は群を抜いて高くなります。

水上:名古屋と福岡同時ということで、福岡版には九州の俳優が中心になりますか?

吉田:東京初演のオープニングキャストの中に九州出身者が何人かいます。全体のシフトの関係もありますが、彼らが出演してくれればうれしいですね。

 

その次の作品の候補

水上:3年間のうち、最低1年間のロングランを考えてらっしゃるということは、同時並行で『リトルマーメイド』を上演しながら次のことも仕込まないといけないということですよね。

吉田:福岡シティ劇場時代は、企画の決定から上演までの期間が短かった。今回はそれだけは避けようと思います。『リトルマーメイド』を早く発表したのもそのためですし、その次の作品についてもできるだけ早く発表したいと思っています。十分準備に時間をかけて、お客様に周知徹底する機会を作って進めていきたいなと思っています。

水上:その候補は?

吉田:まだ詳しくはお知らせできませんが、新作や、しばらくやっていない作品が対象になります。例えば『オペラ座の怪人』。最後に福岡で上演したのは03年。これは十分再演可能だと考えています。『ライオンキング』も、最後に上演したのは09年。随分時間が経ちました。

水上:前の『ライオンキング』から、もう10年ぐらい経っているんですね。

吉田:再演と新作のバランスをとりながら考えたいですね。

 

人材育成

吉田:作品を供給する体制の整備が目下の最大の課題です。特に「優秀な俳優の確保」ですね。オーディションを行うと、ほぼ毎年、1000名以上の志望者がくるのですが、この人たちを鍛えて、四季の舞台に立てるようにしなければいけません。

水上:毎年1000名の応募があるんですか! その中から何人を採用するんでしょう?

吉田:採用は60名程度ですね。新しい若い才能をどんどん組織に入れて活性化し、彼らが舞台だけで生活できるようにするというのは、浅利先生が作った優れたスキームです。これが四季のエンジンですね。止まらないように常にガソリンを入れていかないといけない。劇団には、もう既に浅利先生を知らない世代もいるんですよ。

水上:すでに知らない人が団員の中にいるんですか?

吉田:俳優、技術、経営を合わせて、毎年100名弱の新人が入団します。新体制になって2年ですから、浅利先生と直接仕事をしたことがない人も徐々に増えている。そういう人たちに、最初にお話したこの組織を貫く「血液」のようなもの、劇団の理念を正確に伝えることが一番大切です。これは、先生から直接教えを受けた我々の責任だと思っている。劇団総会などの機会には、常にこのことに触れています。

水上:ミッションを繰り返し話すことは大事だと思います。

吉田:その通りですね。それだけ大事なことだと思っています。

 

制作という仕事に誇りを

水上:四季に入られたのは経営(営業)スタッフとして入られたんですか?

吉田:そうです。経営の入団試験を受けて内定をいただき、参加しました。今年で29年経ちました。来年30年です。

水上:俳優になりたいとかはなかった?
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吉田:全くないですね。とはいえ、学生時代は演劇をやっていました。初めて演劇部に入ったのは高校時代です。その時は俳優を何回かやりましたけど、もう二度とやるものかと思いました。演技力もありませんし、人前で台詞を言うことが恥ずかしくてたまりませんでした(笑)。昔から裏方の方が性に合っていたのだと思います。そして、裏方には裏方なりの喜びもあります。もちろん我々は、お客様から直接劇場で喝采を受けることはできない。私は若いスタッフに良く言います。「我々は俳優のように直接お客様から拍手をもらうことはない。しかし拍手をして下さるお客様は、我々の仕事の結果、この劇場に足を運んでくれたのだ。そこに誇りを持って、仕事に向き合いなさい」と。

水上:吉田さんの仕事への向き合い方ですね?

吉田:そうですね。不遜かもしれませんが、自分が集めたお客様からの拍手を、「後ろ向きに、最後列で聴く誇り」ですね。
 

 

演劇=観客とセットで成り立つ芸術

水上:吉田さんの信念は何でしょう?

吉田:これも浅利先生から何度も教えていただいたことです。演劇は常に同時代のお客様に劇場に来ていただかないと成り立たない芸術です。絵画、小説、音楽などは書かれた作品が残るので、同時代には酷評されても、百年後に発見されて価値が再評価される可能性はあるわけです。でも演劇にはそれは絶対にない。何故なら演劇の半分の成分は、それをご覧になるお客様だからです。観客の居ない演劇はあり得ない。だから演劇という芸術が成立するには、言葉は悪いけれども、その時代の気分や風俗に寄り添わざるを得ない。そのことを、浅利先生が敬愛していた演出家のルイ・ジュヴェ「恥ずべき崇高さ。偉大なる屈辱」と言っています。本来芸術家は自分の信念だけに忠実であるべきなのでしょうが、演劇だけはそうはいかない。時代におもねる屈辱さ─ある種のプロデュース感覚─が不可欠であり、演劇という仕事の秘密を解くカギはそこにあるという意味なんですね。私は仕事を続けながら、いつでもこの言葉には大きな「実感」を持っています。

水上:今のお話は、舞台芸術の仕事に携わっている者としてとてもよく理解できます。

吉田:だから演劇の仕事では、先ずお客様から見える舞台の「玄関」を出来るだけきれいにして、どんな方にも入りやすいようにしなければならない。芸術的な深みを求めるなら、玄関をお入りになった後、お客様と一緒に奥まで歩んでいけばいいわけです。

水上:台本がしっかりしていると、奥まで歩むことが出来ますからね。

吉田:例えば、先日福岡で千秋楽を迎えた『美女と野獣』には、「人間に戻りたい」というナンバーがあります。物に変えられてしまった人たちが人間に戻れる日を夢見ている歌ですが、幸せに生きるとはどういうことかを問いかける、一種の「幸福論」が歌詞になっている。非常に奥深いことを歌っているんですね。これを、どれだけ深い余韻、含蓄と共にお客様にお伝えできるかが、その舞台の真の実力なのだと思います。

 

街に必要な要素=劇場

水上:福岡で『キャッツ』を上演されて20年くらいになります。

吉田:90年ですから26年前ですね。私が初めて福岡に赴任したのもその時です。入団2年目の広報担当でした。人間関係も何もない中で、名簿一つ持って、演劇担当の記者の方を一人ずつ訪ね歩きました。皆さんからいろいろなことを教わった。自分の仕事のベースを作ってくれた街です。
『キャッツ』初演後も福岡での仕事に縁があり、旧福岡シティ劇場を作ってくださった福岡地所、旧福岡シティ銀行(現西日本シティ銀行)の方から、「良い街に必要な要素はいろいろある。まず一つは相撲の場所、もう一つが野球とサッカーのチームがあること、そして劇場があることだ」と聞いたことがあります。プロスポーツや相撲など、社会的なインフラと同列に演劇や劇場を考えてくださったということがすごく嬉しかった。我々も、このご支援に応えるべく一生懸命やってきたつもりです。

水上:また新たな挑戦がこれから始まるということですね。

吉田:格別の思いがありますね。

水上:今日はありがとうございました。3年を乗り越えて、さらに続いていくことを願っています。
 

※インタビューを終えて

吉田さんの口から、何度も「議論しています」というフレーズが出されました。戦略を練り、集団をまとめ、組織的に前に進む。経営者としては当たり前のことのようですが、「浅利慶太の四季」というイメージが強かった今までの劇団四季という組織を、次のステップに向ける、大きな仕事をされていることがひしひしと伝わってきました。
日本のミュージカル界に優秀な俳優を輩出してきた劇団四季の役割は大きいし、福岡でもミュージカルファンを育ててきました。今後、劇団四季がどのような舞台を創り、新たな人材を輩出していくのか、期待は高まります。
 

取材:水上徹也(株式会社シアターネットプロジェクト 代表取締役)
 

2016年10月 6日 11:42  カテゴリー: No8 劇団四季 劇ナビインタビュー | コメント(0) |
制作発表 全参加者コメントおよびインタビュー

まどかぴあ舞台創造プログラム プロデュース公演

「浮足町アンダーグラウンド」
 

制作発表記者会見
平成28年6月13日(月)大野城まどかぴあ 大ホール


地域の演劇文化の普及育成事業を行ってきた大野城まどかぴあが、開館20周年を機に、新たに挑戦・発信することを目的に行うプロデュース公演。
今までに「キンドー芝居」や「子どもミュージカル」「リンクシアター」「九州戯曲賞リーディング公演」など、演劇分野に力を注ぎ、今回のプロデュース公演には、180人の応募がありました。
応募者の中から選ばれた14名の俳優と、作家:中島かずき、演出:内藤裕敬、俳優:池田成志を迎えて制作発表が行われました。
稽古は8月から始まり9月の本番へ向かう。また、初の巡回公演も行います。


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林田 スマ(はやしだ すま)(大野城まどかぴあ 館長)
20周年、夢と希望と感謝とエネルギーをすべてこめて、9月がとっても楽しみです。素晴らしい舞台にしていきたい。八代、宮崎へこの舞台が広がっていくことも大喜びしています。

 

 

 

 

 

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小磯 上(こいそ ほずる)(公益財団法人大野城まどかぴあ 文化芸術振興課文化芸術振興担当 係長)
3年前から種をまいて、時間をかけて育ててきた取り組みが9月に実を結びます。
「地方の公共ホールでも本格的な演劇公演が創れる」ということをたくさんの方に知っていただきたいです。
 

 

 


 

中島 かずき (なかしま かずき)
  中島です。今日はありがとうございます。僕は福岡の田川市出身で、筑豊炭田、僕が生まれた時には既に閉山しており斜陽の時代ではあったが、そこで育ちました。

今回、福岡で芝居をつくる機会をいただき、自分なりの炭鉱の話をやってみようかな、と思いました。ただし、そんなにリアルなものではなく、子どもの時から田川にいたことで、ああいう土臭い町に育ったことが自分は嫌で嫌で仕方がなかった、でも、やっぱり心底嫌いにはなれない。そんな気持ちをベースにした作品を書こうと思います。

内藤さんと一緒にやるのは初めてなので、それも含めて新鮮な気持ちで芝居を創れると思いますので、よろしくお願いします。

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劇作家・脚本家。
85年より座付き作家として劇団☆新感線に参加。以後、『阿修羅城の瞳』『髑髏城の七人』などの物語性を重視したエンターテイメント時代活劇“いのうえ歌舞伎”を多く生み出す。劇団の本公演以外での近年の舞台作品は『真田十勇士』(13,15)。演劇界にとどまらず、コミック原作やアニメ『天元突破グレンラガン』(07,09)の脚本・シリーズ構成、『仮面ライダーフォーゼ』(11-12)の脚本・メインライター、『キルラキル』原作・脚本、『映画クレヨンしんちゃん ガチンコ逆襲のロボとーちゃん』脚本など幅広い活躍を行う。




内藤 裕敬 (ないとう ひろのり)
 内藤です。(中島)かずきさんとは20代前半から、(一緒に仕事はしたことがないが)大阪の焼鳥屋でたまに会う仲でした。(池田)成志さんとは飲んだくれているときに新宿あたりで会ったりしていた(笑)。 

福岡には、自分の劇団(南河内万歳一座)も早い時期から呼んでもらっていて、西鉄ホールで公演したり、まどかぴあにも随分昔から、開館当初から関わりがありました。

そんな中で、地元の劇団の諸君ともだいぶ交流ができるようになり、今回も何人か昔からの馴染みがいます。

そして、こういうところでまた交流がひろがる事業を、公共ホールのまどかぴあが地域振興としてしっかりと踏ん張ってやっていくというのは、素晴らしいこと。それに協力できることは光栄と思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

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南河内万歳一座・座長。
59年栃木県生まれ。高校の時に状況劇場『蛇姫様』(作・演出/唐十郎)を見て芝居の道へ。1979年、大阪芸術大学(舞台芸術学科)に入学。4年間、秋浜悟史教授(劇作家・演出家)に師事。その間、“リアリズムにおけるインチキの仕方”を追求。80年、南河内万歳一座を『蛇姫様』で旗揚げ。以降、全作品の作・演出を手がける。現代的演劇の基礎を土台とし、常に現代を俯瞰した作品には定評があり、兵庫県立ピッコロ劇団や世界的ピアニスト・仲道郁代との共同企画など、劇団外での作・演出も多数。00年読売演劇大賞・優秀演出家賞受賞。著作に『内藤裕敬処女戯曲集劇風録其之壱』『青木さん家の奥さん』がある。

 


池田 成志 (いけだ なるし)
池田成志でございます。よろしくお願いいたします。

僕はここ大野城市出身なのですが、かずきさんの出身地の田川とか、博多とか、他の地域は色々特色がある土地柄ですが、大野城市はとりたてて特徴がある地域ではございません。

あるとしたら、地名の由来となっている大野城という古代の城があったとか、蒙古襲来の堤防の遺跡(水(みず)城(き))があったとか(このあたりまで海岸だったんですよね)、近くに太宰府があるとか。

だから、きっとかずきさんは古代の話を書かれるのではないかな、と勝手にイメージしていましたが、まさかの炭鉱の話だと(笑)。一体何の関係があるんだ!と若干戸惑ってはおります。

地元で創るお芝居、地元の役者さんと共演するのも初めて…でもあまり緊張はしていません。

なるべく今回はキリキリしないことをテーマにしようと思ってます。できるだけのんびり、ほこほこしながら、熱い夏を乗り切りろうかと。

地元で1ヶ月間親孝行もできるし、色んなことをほこほこ、熱く、あたたかく考えながら、やっていこうと考えています。

もちろん、新しい作品を創るんだ!という気概もありますが、このまどかぴあという小屋は、東京にあったとしても結構良い小屋だと思うんです。

なので、ぜひ福岡近郊の方、および九州近郊の方に、ちらっと見にきていただければなぁと思いながらやらせていただきますので、どうか、どうかどうか一つ、よろしくお願いいたします。

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62年生まれ、福岡県大野城市出身。早稲田大学在学中の82年「第三舞台」に参加し、俳優活動を開始。オフビートなキャラクターを得意としつつ、多くの劇作家・演出家の作品に出演し演劇界を牽引する俳優のひとり。2013年、イキウメ『獣の柱 まとめ*図書館的人生(下)』およびNODA・MAP『MIWA』の演技を高く評価され、第48回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。

 

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阿部 周平 (あべ しゅうへい)
選ばれたからには、皆さんの心に長く残る作品作りのために頑張りたいです。

福岡県古賀市在住
1982年、福岡生まれ。裏方として劇団・万能グローブ ガラパゴスダイナモスに参加。次期公演で役をもらい演劇を始める。所属劇団本公演の他、同じく福岡で活動する若手劇団に客演。 他、イベントの仕掛け人や冊子のモデル、コンサートの幕間劇出演など、ジャンルを問わず活動中。


 

 

 

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岩本 将治 (いわもと まさはる)
ワクワクしています。ワクワク感を胸にのりきりたい。楽しんでもらえる作品を作りたい。

福岡県福岡市在住
福岡市出身 小学校でサッカー、中学、高校で柔道に没頭。その後、某プロレス団体を受験するも不合格。1993年、東京で芝居を始める。2002年、拠点を地元福岡に移し、舞台、映像で活動中。最近では、北九州芸術劇場プロデュース公演「彼の地」、フィリピン映画「インビジブル」等に出演。

 

 


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岡 武史 (おか たけふみ)
熱く泥臭く、エネルギッシュに。魂燃やして。やらしていただきたい。

福岡県福岡市在住
22才の時に初舞台を踏み、その後一年間福岡の劇団で活動したのち上京。東京では目立った活動は出来なかったが、今の自分の芝居の師とも呼べる人と出会い、そこで三年程学び帰福。帰福後は事務所へ所属、舞台、ドラマ、映画、CMなど映像の方でも活動。その後、昨年九月に所属事務所を辞め現在はフリーで活動中。



 

 

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木内 里美 (きない さとみ)
熊本から来ました。楽しみでワクワクしています。暑い夏が楽しみ。

熊本県菊池郡在住
劇団SCOT、演劇集団かもねぎショットを経て、2005年、熊本を拠点にThe ちゃぶ台を主宰。自作自演のおばぁちゃんシリーズは幽霊との不思議な出会いの「やまとなでしこ」や一人芝居「とめばぁさんのある一日」など県内外で巡演。他に平田オリザ作「隣にいても一人」や池田美樹作「上通り物語」などに客演。


 

 

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元一 (げんいち)
この公演がいろんな人の力で作られていることを感じながら、最後まで頑張ります。

福岡県福岡市在住
30歳。2011年より始まった無倣舎のプレイバックシアター「ゆめみるきかい」の影響を受け、実在する人間や事件に寄り添う演劇表現を模索するプロジェクト「サンピリ」の演出家として活動。2015年度は一人芝居を中心に10作品を企画し、福岡・長崎・北九州・熊本・名古屋を駆け回った。歌う。


 

 

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小湊 倫子 (こみなと りんこ)
大野城市出身、大野城市育ち、大野城市在住です。大野城でこういうことができるのがとっても嬉しい。お芝居を普段見ない地元のたくさんの方々にお芝居を楽しんでいただいて、こういう役者さんたちが福岡にいるんだ、って知って欲しい。頑張ります。

福岡県大野城市在住
大野城市在住。9歳より演劇塾アトリエGOCCOにて演劇やモダンダンス(Margaret Morris Movement)を学ぶ。2012年に活動を再開。様々な表現活動を通して「文化芸術を身近なものとして楽しむ」ことを多くの人に知ってもらいたいと、演劇、ダンス、ミュージカル、落語、よさこい等、幅広く活動している。

 

 


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酒瀬川 真世 (さかせがわ まよ)
地元にしがみついて生きてお芝居をやっている人間が創って「これだけのものが作れるんだよ」ということを若い人たちにも観てほしいです。

福岡県福岡市在住
1979年、福岡生まれ。フリーの俳優として福岡・九州を拠点にさまざまなカンパニーで多数の舞台経験を重ね、映像作品やラジオ・CMナレーション、落語など多方面で活動。「その空間にある身体」から演劇を立ち上げる。また2013年から韓国釜山の演劇人との滞在共同製作を続けている。

 


 

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椎木 樹人 (しいき みきひと)
お三方と一緒に地元の俳優が一緒にお芝居を作れることが刺激的です。観に来てくださる皆さんに新しいものをお見せできると思います。その一員として頑張ります。

福岡県糟屋郡在住
万能グローブガラパゴスダイナモス代表。2004年、福岡にて「万能グローブガラパゴスダイナモス」結成。 以後、全ての公演に俳優として出演。外部出演も多数。近年は、北九州芸術劇場プロデュース公演などに出演するほか、積極的に東京や大阪の舞台に出演するなど、福岡にとどまらず日本を股にかけた活動を展開中。


 

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高野 由紀子 (たかの ゆきこ)
家を改造して公演しています。まどかぴあの舞台にはその家が7個入るかな(笑)。夏がとっても楽しみです。

福岡県行橋市在住
1988年生まれ、福岡県行橋市出身。2006年自宅劇場『守田ん家。』を拠点に活動する、演劇関係いすと校舎に入団。飛ぶ劇場、ままごと、北九州芸術劇場のリーディングセッションやプロデュース公演にも多数出演、子ども向けWSのアシスタントも務める。からあげだいすき。


 

 

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中村 大介 (なかむら だいすけ)
たぶん一番若い年齢で、光栄です。素晴らしい作品を皆さんにお届けできるように頑張りたいです。

福岡県福岡市在住
1990年、福岡生まれ。大村美容ファッション専門学校に通いながら2009年に演劇ユニット福岡ゆう子TPN銀行を旗揚げ、主宰として演出、出演、衣装製作する。2012年からは(劇)池田商会に所属し衣装、俳優として活動を始め、高校、専門学校のスタッフワークとしての衣装指導なども行っている。またNHK福岡放送局にて行われた古代エジプトファッションショーでは衣装製作も行った。



 

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中村 雪絵 (なかむら ゆきえ)
メンバーが太めの人が多いので(笑)、紛れないように個性を出していきたい。

福岡県福岡市在住
2002年劇団ぎゃ。を旗揚げ。2014年解散まで全ての脚本・演出を手がける。同劇団にて東京・大阪・福岡3都市ツアーや市民吹奏楽団とのコラボレーション劇など企画性の高い作品を制作。NHK福岡放送局やアクロス福岡主催事業のショー構成・演出、脚本・演出など放送局や文化施設主催のイベントや演劇作品も多数手がけている。福岡屈指のコメディエンヌとして知られており、ギンギラ太陽'sや劇団あんみつ姫など福岡の有名劇団に数多く出演。

 


 

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松岡 優子 (まつおか ゆうこ)
まどかぴあの節目になる作品に関わることができて光栄です。熊本は今、ホールが避難所になったりして、演劇を見る環境がないです。この作品を八代に持って行けることがとても嬉しいです。

熊本県熊本市在住
幼少よりバレエを亀井聡一郎、隆一郎に師事、北九州&アジア全国洋舞コンクール入選。高校・大学の演劇部を経てゼロソーに旗揚げから所属。2013年度は舞台生活30周年記念公演群を上演。近年の代表作に「フォルスタッフ/ウィンザーの陽気な女房たち」「チッタチッタの抜け殻を満たして、と僕ら」「父と暮せば」など。


 

 

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山下 晶 (やました あきら)
ずっと九州で福岡を中心に活動してきました。今回100パーセント役者として関われるのでワクワクしています。

福岡県大野城市在住
2002年に『役者の、役者による、観客のための集団』を旗印にグレコローマンスタイルを結成。2008年以降、プロデュース公演以外は全作品で作・演出。出演。役者としては福岡県外で制作された作品にも多数出演している。また、映画、TVドラマ、ラジオドラマ作品にも多数出演しており、劇場空間にとどまらないマルチな活動を展開中。

 


 

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横山 祐香里 (よこやま ゆかり)
気合を入れて「福岡の俳優だ」って、頑張っていきたいです。

福岡県福岡市在住
久留米市出身。小学生の頃から演劇に興味を持ち、地元の市民劇団やミュージカルで活動。2008年からは福岡の劇団・万能グローブ ガラパゴスダイナモスに入団し、劇団公演や九州の外部団体へ出演。近年は自主公演を企画し、脚本・演出も手掛ける。2016年3月には福岡・長崎・熊本で一人芝居のツアーを行った。



 

 

DSC_2772.jpgのサムネール画像<中島さんに質問>
Q:どんな物語になりますか?この作品に盛り込みたいメッセージは?

A(中島):浮足町という福岡にある架空の町。炭鉱町というといくつかの街並みが想像できるが、どことは限定していない。その町に、第二次大戦に陸軍が開発していた人造石炭採掘人間「ホランド」を探しにくる人たちがいるのだが、町は何となくのんびりしている、そのようなところから始まる物語です。

書いているものを観ていただいて、観た方が受け取ったものがメッセージだと思うので、あまりここで言うことでもないし、言えるものでもないと思います。ただ、面白いものにはなると思いますので、それを観に来ていただければと思います。

Q:テーマを炭鉱にされた理由は何ですか?

A(中島):今回、このお話をいただいて、福岡で作るということで、福岡の話が良いだろうなと。

そして、先ほどお話したように自分は田川市出身なんですが、実は僕、地下を掘る話をよく書いているんです。新感線でもよく「今回は洞窟ですね」とか「今回は地下ですね」とか言われるんですけど、意外と穴を掘って解決するという話が多いんです(笑)。

それはもう、そういうもんなのかなと、あの町に生まれたからなのかなと、何となく思っていたので、じゃあ、そこをちゃんとやってみようかなと。ちゃんとやると言っても、自分がやる時にあまりリアルにやっても仕方ないので、(演出が)内藤さんなので、もうちょっとアングラ的なものがいいかな、じゃあ「アンダーグラウンド」だな、ということで、非常に安易なところから始めた話なんです(笑)。

しかし安易なところから始めて考えてみたら、あまり自分ではやったことがない話のつくり方の作業だったので、意外と今、悩みながらまとめているところです。


<内藤さんに質問>
Q:地元の俳優を使います。演出としてどのようなことに心がけようと思われていますか?

A(内藤):オーディションに200人近く(180人)の応募があり、書類選考して80人ぐらい(71人)に絞りました。その人たちをグループに分け、3日間かけて見させていただいた。その中からの選抜メンバーです。

Q:精鋭ですね。

A(内藤):精鋭中の精鋭です(笑)。書類選考で残った人たちのうち、ほとんどが可能性を持っていた。

ちょっと鍛えたらよくなるのにな、あともう一歩ハードルを越えたら物凄く面白くなる、ちょっと経験が欲しいか…という人がいっぱいいた。

今、大阪でこういったオーディションをしても200人も応募がない。たとえそこから書類選考で80名に絞ったとしても、箸にも棒にもかからない人が1/3ぐらいはいる。それが大阪の現状かなと思う。

今回、オーディションで見た人それぞれが色んな可能性を持っていらしたので、これは地域として潜在能力が高いということだろう。それにもかかわらず、それを発揮できる、開花させる企画・プロデュースが少ないのではないか、という気がしている。

そういう意味で、今回はこの地域が持っている俳優の潜在能力が高いということを、しっかりと舞台で証明しないといけない。それは固く心に決めていこうと思っています。

Q:ご自分の劇団に連れて帰りたいと思う役者さんはいますか?

A(内藤):それは出てくると思いますよ。落ちた人の中にもいました。

本当にオーディションは楽しかった。別の機会で、別の作品でお逢いできたら、しっかりと良い俳優に成長するだろうという人もいたので、そういう機会が福岡にいっぱいあればいいのになと思います。

 

<池田さんに質問>
Q:地元の大野城でこの企画をやる、今のお気持ちを教えてください。

A(池田):非常に照れくさいですね。福岡の人間はみんなお調子者ばっかりなんで、自分もつい調子に乗って引き受けて、えらいことになったなと思っています(笑)。

一緒にやったことのない人ばっかりだし、1ヶ月も福岡で稽古するのも初めてだし。まぁ、大変だろうなと思いながらも、僕も結構良い歳なので、そういった新鮮な経験をするべきだよな、そうだよね、という気持ちがふと湧いてきました。

母も住んでいますし、大野城市におべっかを使っておかないと今後いけないんじゃないか、恩返しをしないといけないんじゃないかという浅ましい気持ちもややあって(笑)、お引き受けして、頑張ろうと思っている次第です。非常に照れくさいです(笑)。


林田館長に質問>
Q:今回、大野城市だけでなく九州に発信しようと思ったのは?

A(林田):企画した職員のねばりにつきます。大野城発、大野城プロデュースの公演ということで、九州各地でこのお芝居を観ていただきたいという思いで、あちらこちらにお願いに行って、八代、宮崎が受け取ってくださった。その受けとってくださった側の思いも伺いたいと思います。

DSC_2824.jpgのサムネール画像谷口 亮二(八代市 経済文化交流部文化振興課・八代市厚生会館 主任):貴重な機会を持ってきていただいて光栄に思っています。
立山 ひろみ(公益財団法人宮崎県立芸術劇場 演劇ディレクター):宮崎でも創造事業をしています。今回のキャストの中にもこちらの事業に参加してくださった方もたくさんいらっしゃいます。地方から作品を創造して発信していくことは、今、とても必要なことだと考えていますので、この企画にも参加させていただきました。

林田:職員たちの「この企画をやりたい!」「できあがったものをたくさんの人たちと共有したい!」という思いが、こうして八代、宮崎に届いて、とても嬉しく、今まさに浮き足立っている状態です。
企業メセナの元祖であるふくやさんにも今回、お力をいただきました。川原社長にも、一言いただけますでしょうか?

DSC_2830.jpg川原 正孝(株式会社ふくや 代表取締役社長):今回、大野城まどかぴあ20周年ということで、私も丁度社長になって20年。

まどかぴあは長年、芸術・文化を中心に取り組んでいらして、私どもも何らかの形で応援させていただいています。

今回、私も舞台を観るのは好きなんですが、特に当社の副社長が演劇好きで、今回の企画は素晴らしいメンバーだということを聞きつけてきました。

さらに、地元の人たちも参加するということで、福岡・博多の人間というのは、芸どころと言われるぐらい、どこでも出て何でもしきるメンバーですので、今回のキャストの方々も殆どそうじゃないかなと思います。池田さんを中心に、面白い作品ができるのではないかと、物凄く期待しています。

我々も微力ながらこういった形で、文化芸術が福岡の地でずっと大きくなるように、加勢していきたいと思っています。

 

小磯さんに質問>
Q:今回、脚本と演出を中島さんと内藤さんにお願いした理由を教えてください。

A(小磯):まず、私どもで「何か創りたい」という思いが芽生えた時に、やはり福岡出身の方とか、まどかぴあにご縁があった方に依頼したいという思いがありました。

中島さんは、まどかぴあ開館当初から劇団☆新感線の公演をやらせていただいたこともありますし、九州戯曲賞の受賞作品のリーディング公演をさせていただいていた時に、その戯曲賞の審査を中島さんがされていました。「この年齢になると、福岡に帰って何かやりたいなと思うことがあるんです」とおっしゃっていたのを、私が聞いていたんです。

そして、脚本を誰にお願いしよう、となった時に、中島さんがそういえば、そういったことをつぶやいていらっしゃったなと(笑)。本当に怖さ知らず、ダメもとで、お願いできないでしょうかとお電話しましたら、「スケジュールが合えば」ということでしたので、東京に伺って正式にお願いをさせていただき、書いてくださるということになりました。

最初は中島さんの既存の作品を使わせていただくのでも、と思っていたのですが、ご厚意で新作書き下ろし、そしてあて書き、ということになり、本当に贅沢な、こんなに贅沢な作品でいいのだろうかという企画になりました。

内藤さんには、以前別の事業でご一緒させて頂いた時に「なんか創れよ。創んないとだめだよ」と言われまして、その時「創る時には何か手伝っていただけますか?」とお聞きしたら、内藤さんは覚えてないとおっしゃるんですが(笑)、「創るんだったら手伝うよ」とおっしゃっていただきました。

その男気に私が乗っかったという形です。「内藤さん、おっしゃいましたよね?」というと「覚えてねーよ!」と言われたのですが(笑)、ごり押しをしてお願いをしました。

そして、数年前にこのまどかぴあの舞台で、池田成志さんが「満月の人よ」という作品に出演されまして、その時に、大野城市出身でこんなに素晴らしい役者さんがいらっしゃるということで、私どもの上司からも「(池田さんを)大事にしなさい。もし何かまどかぴあでやる時には、絶対池田成志さんに関わって貰わないといけないだろう。」と言われました。このプロデュース公演を企画した時に、一番最初に決まっていたことは、「池田成志さんに出演をお願いする」ということでした。ただ、正式にご出演は決まっておらず、自分たちの中で決めていたことではありますが。そこから始まりました。

そして、この企画をするのであれば、20周年の節目がいいだろうということになりました。皆さん本当に快く引き受けていただいたおかげで、この公演が成り立っていると思っています。実は私も今になって、ちょっと怖くなっています。大変なメンバーに関わっていただいているということを、改めて感じています。ですが、9月、大輪を咲かせますので、どうぞよろしくお願いいたします。

<オーディションで選ばれた皆さんへ質問>

Q:今回は色んな九州の劇団のコラボレーションのようです。地元キャストを代表して、山下さんから一言。

A(山下):僕はもう長いこと福岡で演劇をやっているんですが、今回初めてご一緒する方もいますし、昔から知っている人もいます。

今回のような企画は、特別なことではないんだと思っていて、これが日常になるような福岡の環境に早くなるべき。そして、やっとなってきたというのが、率直な感想です。

これを契機に、どんどんこういった企画が、大野城、福岡、九州と増えていって、発展していけばいいなと思っています。その第一歩を踏み出す僕たちは、幸せだなと思います。

Q:今回、万能グローブ ガラパゴスダイナモスから最多の3人が選ばれていますが、その代表の椎木さんから一言。

A(椎木):本当に光栄なことに、今回うちの劇団から3人選んでいただきました。僕らは福岡で10年劇団をやってきて、福岡から何か創りたいとか、福岡から何か発信したい、それにこだわってやってきました。

今回、プロデュース公演は福岡では久々ですし、それにうちのメンバー、他の選ばれた方々、そして内藤さんも中島さんも池田さんもいらっしゃるということで、「やらせていただいている」という気持ちではなく、自分たちが地に足をつけて、「僕たちが面白いものを創るんだ」という気持ちでやりたいと思っています。特にうちのメンバーとはそういう話をずっとしているので、本当に気合いを入れて、ある意味、言葉は悪いですが、舐められないように一生懸命努力をして、舞台に立ちたいと思っています。

<さいごに>

Q:中島さんに代表してお聞きします。どういうところに注目して観に来て欲しいか、コメントをお願いします。

A(中島):僕や池田さんのように、福岡で生まれ、それなりに年を重ね経験を経た人間がここに戻ってきて、そして、今ここで暮らしている人たちと一緒に芝居を創る、そういう形の中で、ここ福岡で新しいものが生まれる。

でも、もちろんそれは福岡で終わるものではなく、熊本(八代)、宮崎を回り、もっと言ってしまえばもっと先のところまで広がるような可能性を持った芝居を創れればいいなと思っておりますので、ぜひ、そういった新しいことが起こる現場を、確認しに来ていただければと思います。

DSC_2861.jpgのサムネール画像のサムネール画像

取材・文責:水上徹也
 

2016年6月27日 16:52  カテゴリー: まどかぴあプロデュース公演 | コメント(0) |
インタビュー No3 「気になる作品の内容は? そして出演者へ込める思い!」

いよいよ、出演者が決まりました。

具体的な制作発表は6月に行われますので、今しばらくお待ちください。
脚本の中島かずきさんに、作品の構想を伺いました。

そして、オーディションの審査をされた内藤裕敬さんと中島さんに、選考するうえで注意していたことや感想をお聞きしました。


新作の構想について

水上 作品の構想はできているんですか?
中島 基本的にいつもあてがきです。今回も、無理を言ってオーディションを済ませてから考えますとお願いしました。大まかに書きたい話はありますが、キャストを見て、どういうスタイルで行くのか、具体的な芝居の色合いを決めていこう。今はそんな感じです。
今回選んだキャストの皆さんでやるなら、今考えているざっくりとしたストーリーラインをどういうシチュエーションでやれば面白くなるか、重いのか軽いのか,芝居のタッチも含めてイメージを膨らませて考えていく。ここからがスタートですね。
新感線でも先に全てのキャストが決まっていて、その役者さんにどういう芝居をやってもらいたいかを考えていくんです。今回も同様です。


中島2.jpg
水上 具体的なイメージは湧きましたか?
中島 新感線ほど虚構性に富んだ話ではなく、地に足がついた人たちの物語。とは言っても中島流になるので(笑)。でも、いつもとは違うタッチで探っていく感覚がつかめてきましたよ。
新感線では、まず主役を輝かせる題材やシチュエーションを作ります。いわゆるスター性をもった方を主役に呼ぶことが多いので、おのずとそういう形になる。
ですが今回は、町に生きる人たちの群集劇になるのかな、という感触です。最初は、もっと主役を決めてその人間を中心に話を作ろうかと思っていたのですが、どうせならいつもと違うことがやれたらいいなと、オーディションの途中から思い始めました。雑多な人々の思惑が交差する町の話になりそうな予感がします。

水上 架空の町ですか。
中島 もちろん架空の街です。でも、自分が生まれたのが筑豊の田川なんです。自分の思い出とかも踏まえた上での話にしようかなと思っています。今から構想に入るので、できあがりは全く違っているかもしれませんが。(笑)

水上 モチーフとかはありますか?
中島 出身も田川ですし親戚が大牟田の四山鉱にいたんでよく遊びに行きました。西村健さんの「地の底のヤマ」を読みましたが、昭和40年代から現在にわたって大牟田に生きる人を描き出した労作です。僕はまったく違うけれども、自分なりに子どもの時に過ごしてきた炭鉱町へのアプローチをしてみたい。福岡でやるからには、福岡的なものにちょっとこだわろうと思っています。

 

オーディション企画

水上 市民オーディションでの仕事は初めてですか?
中島 東京で「ラフカット」(※注)をやったことがあります。書類審査は無しで応募してきた人は全員オーディションに呼んで芝居を見るのが売りの企画です。僕は3回くらいやりました。「オーディションをやった後に構想に入らせてください」というのは、その時からあります。
(※注:舞台に立つチャンスを探す役者に、「力試しの場を提供」していくプロジェクト)

水上 今回は、オーディションでどこを見ていました?
中島 イメージが湧ける人がいるかどうか、を見ていました。「この人だったら、何をやってもらったら面白いかな」とか、漠然と自分がやろうと思っている作品にどう絡むかな。「あの人たちでやることはこういう事かな」と考えていましたね。

水上 オーディションをしながら、演出家とイメージの共有をされますか?
内藤 イメージは会話しますけど、書くのは彼ですからね。(笑)
中島 要は舞台の上で託せる人かどうかですね。舞台にその人の存在が、我々のイメージを託せる人かな、というのを見ています。面白い人たちが集まったと思いますよ。
中島内藤03.jpg

オーディション会場で。応募者の表現に笑顔がこぼれる。(審査員:中島さん(左)内藤さん(右))
 

水上 イメージに合う人がいたということですね?
中島 逆もあります。「その人だったらこんな風にしよう」ということも。そのためにオーディションをしているわけで、伝わりにくいかもしれませんが、両方なんですよ。
そのすり合せなんですよね。書きたい物語もあって、役者の肉体もあって、それをすり合わせる作業をしています。それは今までさんざんやってきたので自分の中に回路としてあるんです。書いているものとその役者の肉体があって、物語が化学反応するという。

中島内藤05.jpg

オーディション風景。お二人の真剣なまなざし。



 

タイトルは「浮足町アンダーグラウンド」(仮称)

水上 書き上げるまでの時間は?
中島 芝居だとだいたいプロットから取り掛かって3か月です。

水上 出演者が決まったわけですけど、どんな舞台になりますか?
中島 新感線は様式美だったり、いのうえ歌舞伎は活劇ですけど、今回は活劇にはしないだろう。今回はアクションはないと思う。

水上 内藤さんはそのあたりはどうですか?
内藤 動きたそうな奴がいっぱいいたけどね。(笑)
中島 構造としては活劇ではない。ということですね。どう料理するかはお任せしますけど。

水上 タイトルは決まっていないんですか?
中島 一応、「浮足町アンダーグラウンド」を考えています。現代劇です。
水上 男女半々?身体的能力を求めますか?
中島 だいたい男女同じくらいで、能力というか舞台の上での表現力ですね。
内藤 そうだね。発表の水準というのはあります。なので、稽古のための稽古でなく、芝居を作る稽古ができていくスキルがないと大変ですよ。こちらから出す課題も難しいと思うし、それをクリアしていく力が要りますね。
水上 稽古で、どんなふうに作品に仕上がっていくのか楽しみです。

 

劇作と演出と

水上 美術、音楽は、作家と演出家とどちらが構想されるんですか?
内藤 演出家です。注文するときはありますけどね、事前に。
中島 僕は、渡したらお任せです。(笑)

水上 脚本の演出で、いつの段階で舞台のイメージができるものですか?
内藤 本を読んだら立ち上がってきますよ。それを具体化していく。音響と美術は、2か月から1か月半前に本を読んで、おおまかなイメージを伝えて、美術家がラフを出して、決定して発注。本番の半月前がぎりぎりかな。そこへめがけて舞台化していくということです。

水上 作家は舞台の具体化を見ていくんですね?
中島 自分なりに成立すると思って書くわけですけど、演出家に渡して、よろしくお願いします、ということになりますね。

水上 お二人は、ご一緒の仕事は?
中島 今回が初めてです。
内藤 ゆっくり話したのは初めてだね。飲み屋とかでは若いころから飲んでたけどね(笑)芝居を一緒にやるのは初めて。

水上 今回初めて組まれて、内藤さんにはどんな期待をされていますか?
中島 内藤さんなんで、人と人の関係性が密にあったほうが良いと思ってます。群集劇というのも、演出家のタイプも考えて、そういう軸でイメージしています。

水上 本を渡した後に、イメージのやり取りとかもするんですか?
中島 芝居のいいところは、何回も直しができるところ。役者を見て、稽古を見て、「こうしよう」というのが見えてくる。稽古に入る前に演出家からの直しが入る。稽古に入ってからの直し。本番を開けてからの直しもあるよね。
内藤 あるある。

水上 大野城の稽古にも来られますか?
中島 できれば来たいですけどね。初日の顔合わせ、本読みには立ち会います。あとは可能であれば来たいと思っています。

 

稽古に臨む

内藤 基本は地元のメンバーで創るわけです。外枠のフレームがどういう取り組みかというと、僕はもちろんいい作品作るために台本を読み込んで演出するんだけれど、同時に、可能性がある人たちに、指導しないといけないところはしっかりと指導したい。せめて、足りない部分が足りないとわかるように。

水上 まどかぴあの事業としての目的ですね?
内藤 オーディションをして思ったことは、180人の応募があって、1次で半分になり、2次では3日間で70人見ました。みんな、「役をやりたい。出たい」っていう訳ですよね。ほとんどが選に漏れることは皆わかってる。10数名が発表されたときに、「180人から選ばれた」ということが周りから言われる。これから先、「最後まで残った人ですよ」という見方をされますよ。その人たちが、事業が終わってから、「下手だった」は、まずいじゃない?

水上 そうですね。
内藤 この期間の中で、「俳優とは、こういうふうにセリフと向き合っていくんだ」、基本的なことはしっかりと押さえられるようになって、「やっぱりこの人は違う」と思われるようになって欲しい。その辺も意識してます。
中島 経験値として、そこは大きいねぇ。

 

池田成志さんの役どころ

水上 成志さんが出演されます。ご本人は「自分が主役になるような本にはならないし、なってほしくない」とおっしゃっていました。
中島 ええ、もちろんそうですよ。今回の企画で池田成志主役なら、それはやる意味がない。今回の成志さんは飛び道具。中心は、福岡の役者ですよ。それでも彼が舞台に出たらさらっていくと思うんだよね(笑)。
内藤 成志くんも、今回の企画の趣旨を理解してるし、中に入って、現状にない風を吹き込みたいと思ってるんじゃないかなぁ。彼自身が俳優を鍛えるでしょうね、きっと。
中島 それはあるだろうね。
内藤 僕は、演出家として鍛えるけれども、成志が俳優として鍛える。
水上 昨年のワークショップでも細かい指示をしていました。
中島 彼は考えて芝居創る人なんで。常に考えてますからね。

 

大野城あるいは福岡の可能性

水上 今回、応募した参加者に「今回の作品には選ばないかもしれないけれども、能力の良しあしではない。すごく可能性を感じます。ぜひ続けてください」というメッセージを話されました。
内藤 選ばれていない人にも可能性があるから、ちゃんとした取り組みをして俳優として良い体験をしてほしいね。「いい作品に参加してほしい」、「稽古を積んでほしい」と思う人はいっぱいいました。

水上 応募者が180名という反響にも驚かれていましたね?
内藤 この地域は恵まれてますよ。他の自治体でもお手伝いをしますけど、地元に劇団も演劇やってる人もいない。そういう人を育てるところから始めなきゃいけませんから。
ここには、劇作家もいる。九州戯曲賞に面白い戯曲を書いてくる人がいっぱいいる。180人が応募してくる。選に漏れた人の中でも、今、ちゃんとした基礎をやったら飛躍的に良くなる人、半年か一年基礎訓練したらよくなる人がものすごくいるわけよ。
環境としてそんな中にいるわけだから、その気になれば何でもできると思う。
ここには人がいるわけです。公共劇場がバックアップしていったらもの凄いことになると思いますね。凄い可能性があると思う。

水上 広がっていかないといけませんね。今回のことが続いていくことが大切ですね。
内藤 劇作家、演出家、俳優がいて、劇場がある。ないのは熱心になる偉い人たち、知事や市長さんじゃないのかなぁ。
中島 うん。
内藤 兵庫県は文化都市宣言しちゃったんですよ。今の知事さんが。文化をバックアップしてくれる宣言をしている都市もある。福岡はどうなんですか?
公共ホールの役割をちゃんと理解してもらって、公共ホールがやらなければいけないことが山ほどある。そのために劇場が要るんです。
あとは、演劇プロデューサーが何人かいて、企画を引っ張ってくる。その辺の人がいれば、環境がガラッと変わりますね。

中島.jpg

水上 今回、期待も大きいです。大きな波紋を広げてほしいです。出来上がりを楽しみにしています。
中島 頑張ります。



※この取材は、2月に行われたもので、作品の内容やタイトルは変更になる場合があります。ご了承ください。

 


(取材・撮影:水上徹也 シアターネットプロジェクト代表)
 

2016年4月 1日 12:25  カテゴリー: まどかぴあプロデュース公演 | コメント(0) |

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