劇ナビ&ガラパ合同企画 リレー対談第3弾
万能グローブガラパゴスダイナモス10周年記念 リレー対談第3弾
 
演出家:川口大樹 VS 映画監督:竹清仁 
~福岡から全国へ、そして世界へ~
 

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川口大樹(万能グローブガラパゴスダイナモス 脚本・演出)

竹清仁(モンブラン・ピクチャーズ株式会社 代表取締役・監督)

進行 水上徹也(株式会社シアターネットプロジェクト 代表取締役)

 

水上 今回は映画監督の竹清仁さんにお越しいただきました。竹清さんご自身のされていることを聞かせて頂いてもいいですか?

竹清 僕がやってるモンブラン・ピクチャーズは、業務としてはクライアント半分で、CMを作ったりとかモーターショー用の映像を作ったりとかホークスビジョンの演出映像を作ったりとか、CGからアニメーションなどまあ色々多岐にわたっています。監督、プロデューサー、CGアーチスト、アニメーター、コンポジターなど、総勢15人一通りそろっていて、コンパクトなチームでなんでも作りますよという会社ですね。あと半分はCGアニメーション映画を作る会社です。僕は監督で、一本目が『放課後ミッドナイターズ』っていう映画を2012年に公開しました。今、数本の企画を進めていて、そのうちの一本の脚本を川口くんに手伝ってもらってます。

川口 僕は最初に出会った感じとしては、脚本のことを一緒に考えたいって紹介して頂いたんで、物書きさんっていうイメージがあります。もう出会って2~3年くらいになりますよね。

水上 それは竹清さんの方からオファーをしたんですか?

竹清 元ギンギラ太陽ズの中村卓二君が、前に僕が作ったアニメ映画に出ていて、『面白い話を創りたい』って言ったら、川口くんを紹介してくれた。

川口 卓二さんの紹介で連れて行ってもらって。僕最初に会う時、相当緊張しましたね。

竹清 えーそんな感じに全く見えなかったけど。

川口 いやいやいや、監督ってちょっと怖いイメージないですか?それで、お会いしたら物腰柔らかというか。特に映画の中でもエンタテイメントであるとかコメディが好きだという話を聞いて、すごくそれがしっくりきた。だから、すごくスムーズに最初から親しくなれたな、と僕は思っています。それが、最初ですね。もう2年くらいになりますけど、竹清さんの中にざっくりとある一番最初のイメージのところから一緒にやっているので、すごく勉強になっていますね。僕、舞台の脚本は書いてましたけどアニメの脚本を書くのは初めてでしたから、なんかその2つのジャンルの違いというか、同じ脚本を書くとしても映画での書き方であるとか舞台での書き方であるとか。似ているところもあるけど違うところもあるしっていう。それが僕は勉強になりつつ、楽しくやりつつ、です。

 

映像と演劇の共通点

 

水上 ドラマっていう意味では共通してますけど、映画の場合って時間も空間もなんでもありですからね。演劇、特にガラパの舞台はシチュエーションコメディで一つの空間ですから制約がかなりありますよね。

川口 そうですね。

no3-42.jpg竹清 でも、一緒に進めているやつもそうなんですけど、CGアニメーションって実は演劇にすごく似ているんです。どんな表現物も予算がないと作れないじゃないですか。お金がないと。日本の場合、マーケットが主に日本の中だけだってこともあってそんなに予算をかけられないんですよね。そうなると内容を工夫しないといけない。で、CGアニメーションの場合は背景を全部作らないといけないんですよね。演劇で言うと建て込みですよね。舞台セットを作らないといけない。ただ、作れば作るほどお金がかかるのでこれをコンパクトにするのが一工夫なんですよ。CGアニメーションは限られた予算しかないから、ある意味密室劇みたいな感じでやるんですよね。だから、すごく似ているんです。

水上 なるほど、生の映像だったらスタジオにセットを作りますが、CGアニメはいわゆる画面にセットを作らないといけないんですね。

川口 そこは実は共通していて。アニメだったら自由にポンポン変えれそうなものだなって思うけど、でも逆に僕はそういうのが苦手なんですよね。限定された空間の方がどちらかというと得意だし。そういう意味ではちょうどよかったな、って思いますね。

竹清 ある意味、今一緒にやってもらっているやつもシチュエーションコメディですね。キャラクターが人間以外の奴も色々出てくるっていうジャンプの仕方で。

水上 演劇は生の人間がやるけど、アニメーションはキャラがたってるキャラクターがやる。どう動かすかとか、その辺はちょっと違うんじゃないですか?

川口 そうですね。そこは全然違うけど、それは逆に楽ですね。限られたシチュエーションの中という縛りさえ守ればカットは割れるわけですし。あとアニメーションだからちょっと無茶なことも出来てしまうわけだし。普段舞台で書いている時に、あーここで屋根からびゅんと落ちたら面白いのになーとか、生身の人間だったら大変だったりすることがブレーキをかけずに書けるってのがすごく面白かったですね。それはなんか発散になる(笑)人間に対する限定をちょっと飛ばせるから、それはいいですよね。銃撃戦とかレーザービームとかも書いちゃってもいいわけだし。

竹清 まあ、大変なんですけどね(笑)大変だけど、出来なくはない。

川口 でも水はだめなんですよね。水の中は難しい。

竹清 水はね非常にお金がかかるんですよ。鬼門ですね。こういうちょっとしたコツはいろいろあるんですね。これ面白いでしょ?っていわれて、面白いけどねーお金がかかるんだよねーみたいなことは、まあちょいちょいありますね(笑)

水上 じゃあ制約もあるってことですね。

竹清 あります。やっぱり全ての表現物って制約との戦いですよね。でも多分制約があった方が面白いものが書ける。

川口 そうですね。確かに縛りがあった方が燃えるし、逆に縛られなかったら、例えば登場人物を無限に出していいよとかっていわれるとどうしたらいいかわかんなくなる。だから竹清さんと一緒に作ってた時も、土台の設定をかなり密に組んで、キャラクターの性格や関係性はかなり考えましたね。そういう作業もかなり演劇と似てるなって思いましたね。

竹清 頭から書き進めて言ったらこんなラストになっちゃったって演劇ってあるじゃないですか。映画ってそういうのはなくて、逆算なんですよ。ラストシーンがあって、そこから構築していく。

川口 この作業は僕は普段あまりやらないんです。いわゆるプロットと言われるやつですよね。脚本を書くにあたって避けて通ってきたとこです。

水上 そうなんですか?

川口 避けて通ってきましたねー。プロットが出来たらもう書けたも同然だって(笑)。人にもよると思うんですけどプロットを書いちゃうとつまんなくなるって思うんです。

 

仕事を通しての影響

 

水上 竹清さんとの仕事は影響があったんですね。

川口 そうですね。物語の構造の所はちゃんと考えましたね。竹清さん映画がものすごくお好きだから。

竹清 (笑)すぐ映画の例がでちゃうんだよね。川口くん意外と観てないから、レンタル屋でこの映画借りてみといてって(笑)

川口 名作と言われるものにはある程度共通する構造があって、映画は映像がいくらでも残っているから構造の分析がすごくし易い。演劇って基本的に映像として残すものではない。

竹清 僕はこれはビジネスの話で、観るお客さんの数の違いなのかな、と思っていて。映像は複製して色んな所に広げられるから、マスの大衆に向かってのエンターテイメントじゃないですか。大枠は大多数の人に観てもらうもの。そうすると雛形みたいなものが出来ますよね。川口くんとはその辺の話もいっぱいしましたね。それを踏まえたうえで僕らならではの面白いものを作ろうという。

川口 そうですね。だから僕はどちらかというとそっちの世界の方に足を踏み入れて考えました。演劇の方法論ではなくて映像の方にシフトして考えて、すごく勉強になりましたね。

水上 作品を作るときのモチーフはどうですか?映画の場合だと誰でも興味を持てるようなものでないとお客さんって来てくれないじゃないですか。今度の『ひとんちでさよなら』のモチーフでのスタートラインはどんな風に思ってる?

no3-34.jpgのサムネール画像川口 元々がエンターテイメント思考で、出来るだけ沢山の人に受け入れられたいという思いは元々持っているので、それをよりひっかかりなく出すということは考えています。その方法論の一つとして、内的問題・外的問題とかそういう構造の問題があります。物語が始まるときに登場人物の状態がこうであって、最後にはこうであるべきだっていうことを今まで意識せずに書いていたんですけど、竹清さんと一緒にやるようになって、そういうのを教えてもらいました。登場人物の変化がストーリーの中でどうなるのかっていう細かいやり取りは演劇の流儀でいかないと難しいところはあるんですけど、すごくでっかい枠組み、物語をこういう風に持っていくんだ、それでお客さんにこう捉えてもらうんだっていう考えかたは、影響を受けた部分ではあると思いますね。

竹清 でも、元々そんな感じで作ってたんじゃない?

 

創作をロジカルに語ること

 

水上 何回かガラパの作品は観られているんですか?

竹清 僕はすごく好きです。シチュエーションコメディで、キャラが立ってて、あとクレバーに全体の構造がカチッとなっていて。僕もそういうのは好きなので、毎回面白いです。一緒にやってることで言語化されたってことかな。

川口 そうですね。すごく明確になったっていうのはありますね。映画とか舞台とかみて、『面白い』と思う作品と『そうでもない』と思う作品があるじゃないですか。僕は何が違うのかってことが言語化できない、感覚でしか捉えていないんですよね。だから竹清さんと話すとすごくわかりやすいんですよね。

竹清 いや、難しいですよ。未だに『面白いって何か』っていうのはね。これがわかったら大儲けですよ。

水上 (笑)確かに

竹清 人によっても違うし。

川口 外国では理論化されて、分析されているんだっていうことが、面白かったですね。よくそんなこと知らずにやってきたなと思いましたね。演劇にも脚本の書き方みたいな本があるんですけど、やっぱりよくわかんないんですよね。あまりロジカルではない。僕は結構ロジカルなタイプなので、理屈で知りたいタイプなんですけど、竹清さんとしゃべってたらロジックで組み立てられていて、なるほどって思えるんです。

水上 どこからそういう経験を得たんですか?

竹清 『放課後ミッドナイターズ』っていう一本目を作った時には正直わかんなかったんですよ。いや、わかっているつもりだったけど今から振り返ってみるとやっぱりわかってなかった。脚本を書いてくださったのが小森さんという『海猿』とか『S』っていう作品を書いている方で、福岡に居る方ですけど、その小森さんに一本やっていただいて、作った後にこういうことなんだなぁ、とそれから色々発見もしたんです。

水上 ロジック的な竹清さんの作品の作り方はどこで学んだんですか?

竹清 ハリウッドの脚本術を書いた本が沢山出てるんです。それぞれ共通点とそれぞれの書いた人の視点が書いてあるんですけど、きっちり体系化されてる。要するにその話ですね。

水上 ハリウッドは確かに世界の映画工場ですからね。色んなノウハウや経験が詰まってますよね。

竹清 みんなそれにのっとって作るものですから同じになってきてる裏腹な所もあります。ただ、一回作法は身に付けた上でにじみ出ちゃう個性が勝負じゃないですか。だからきちんと勉強しようと思って。

水上 じゃあ今、それを二人で共有してるんですね。

川口 初めて竹清さんに会った時、ちゃんと勉強しようと思っていた頃で、竹清さんが言ってた本と全く同じ本を持っていたんです。それで、これはすごい、ぴったりだと思いました。僕も、何でも型を知ってから壊すことができないとダメだと思います。演劇やっている人って、人によるとは思いますけど、商業的に寄りそうことを嫌う傾向ってあるじゃないですか。別にそれが悪いというわけではないんですけど、僕はわりとそういうことに抵抗がない。むしろそういうテクニックがあるのなら、それをちゃんとものにして作品をどんどん作りたい。土台を作るところでまずはきちんとした知識とテクニックがあってそこから変化球が投げれるようになったらいいなって思います。

水上 そうですね。日本は国立の演劇大学がないですね。音楽はあるし、映像もいくつかありますよね。演劇は役者も演出家も特に体系化されていないってことですね。そういうことを教える機関や施設がないですから。だからそれぞれがそれぞれのメソッドを持ってやっているのが現実ですよね。

川口 だからこそ、突然変異みたいなものが生まれやすいってことが演劇にはあると思うんですけど、効率が圧倒的に悪い。竹清さんは社長ですから、作品を作ることがちゃんとお金と結びついていることがとても良いと思いますね。演劇って、お金とどうしても縁遠い。

竹清 それは向き不向きですよ。川口君の場合はお金と結びついているってこと。

水上 いいじゃないですか。演劇産業、やりましょうよ。

川口 そうですね。本当にお金稼がないと皆辞めてっちゃいますからね、単純に。

水上 演劇が職業化されているところって東京だけだからね。

川口 そうですね。

 

福岡で仕事をするということ

 

竹清 福岡はそういう文化がないですからね。

水上 『福岡は芸どころ』っていう言葉があるんですけど、福岡はやりたがりが多いんですよね。だからそれを作品にしてお客さんを集めてそういう仕掛けを作るかって言ったら、それは福岡ではやってないですよね。それをやる人はどんどん福岡の外にいっちゃうんですよね。

竹清 まあ、映像も一緒ですけどね。

水上 だから福岡でそれをやるっていう動きがないんですよね。

no3-44.jpg竹清 福岡に限らず地方はっていう話ですよね。

水上 竹清さんは東京でなく福岡で活動をされている。それはあえて何か意味があるんですか?

竹清 僕はかれこれ20年映像の仕事を福岡でやっていて、始めた時は『いやーそんなの福岡ではできないよ』って言われてたんです。その頃はちょうどインターネットが使えるようになったくらいの時期だったんです。だから特徴があって良いものさえ作れば福岡でも出来るだろうと思って、そしたら案の定上手くいった。それで、同じ感じで映画や映像エンターテイメントも、これからは携帯で観るようになるだろうし、テレビも変わっていく。もう、地方でも充分出来るだろうなっていう匂いがあるんですよ。今、チャレンジしているところですね。

僕は札幌に産まれていたら札幌でやっていたと思う。でも僕は福岡にいるし、住み心地がいいこともわかっている。住み心地を犠牲にしてまでやりたくないな、と。ちょっと語弊がありますけど(笑)両立できればそれに越したことはないし、福岡は移動の便もいい。空港が近いし本当にストレスないですから居続けてます、というくらいのものですかね。まあ、今からセルアニメを作るには不利ですけど。CGアニメは始まったばっかりなのでみんなチャレンジャーなんですよ。だから、やり方も含めて作ればいいやって思っていて無謀と言えば無謀ですけどやれないことはないと。

水上 福岡らしさとか地方の匂い、山笠とかコンテンツを盛り込んだり、そういう作り方もあるじゃないですか。そのことは考えたりしますか?

竹清 むしろ逆ですね。僕らが作りたい映像は、日本だけじゃなくて世界中の人が観て面白いものを作るっていうのを条件にしています。マーケットが日本だけじゃないから、東京じゃなくてもどこに居てもいいんです。

水上 川口君はどうですか?

川口 そうですね。僕もやっぱり産まれた土地だっていうのがすごく大きいです。演劇は持ち運びが不便なので東京とか大阪がいいとは思うんですけど、東京は演劇でいえばとにかく数が多い。求められている数に対して、圧倒的に分母と数が釣り合ってないのですごい勢いで消費されていくっていう話はよく聞くし、東京って何かに追われるように必死に作品を作って生き残った劇団がやっていける世界だと思います。

もちろん東京に産まれていたらその環境の中でやったんでしょうけど。福岡は良くも悪くもじっくり腰を据えて作る環境があるし、これは演劇に関していえば武器だなって思います。消費されにくい。誰からも求められないっていうことなので欠点でもあるんですけど、逆にいうと未開拓の場所なので福岡のエンターテイメント業界に入り込む余地がある。まだ大半の人が福岡にも演劇があることを知らないわけですから。だから、僕にとっては誰もまだやっていないということが一番の魅力ですね。今なら一番になれるしパイオニアになれる。

水上 フロンティアですね。

川口 正に、フロンティア。歴史に名を刻めるんじゃないかっていう。東京で名を刻もうと思ったらそれは大変ですけど(笑)福岡っていうこの未開拓の場所を開拓していく、これは作業としてとても楽しいことだなと思うんですよね。ガラパで芝居作っていて思うんですけど、僕は演劇観たことのないお客さんにこそ観てもらいたいって気持ちがすごく強い。で演劇観たことのないお客さんがガラパの芝居を観て演劇って面白いねっていわせたい。この僕の思考と福岡っていう街はすごくマッチしている。人口もそれなりに居ますし、街もあるし劇場もある。同時に未開拓の場所っていう魅力をすごく感じますね。

no3-51.jpgのサムネール画像水上 東京には劇団がいっぱいあって、役者もいっぱいいて、その中でちょっと面白いのがあったら、プロデューサーに目を付けられてテレビに出たり映画に出たり、色んな番組があるから仕事として関わったり、業界的なシステムが成り立っています。東京は局がドラマを作ってるけれど福岡は少ない。

だから福岡の劇団は劇団活動だけでやっていきますね。だけど、一週間の公演を一ヵ月間に回数を増やすとなった時に福岡のマーケットでお客さんを増やすことが出来るのかっていう話が第一回目の対談で出ていました。福岡のお客様プラス色んな地域から観に来るお客様が福岡に集まることで成り立つ。それが僕の一つの成功イメージなんですよ。まずは福岡にいっぱいファンを作り、こんな劇団があるよっていうのを東京や大阪や色んな地域に伝えるという。人気のある役者目当てにお客さんが来るといったものとは違うやり方をしないといけないのでは?

竹清 僕は同じじゃないかと思いますね。どれだけ多くの人がこれをお金使ってでも観たい、時間使ってでも観たいと思うほど面白いものを作るか。そして作るだけじゃなくて知らせるか、ですよね。宣伝方法が大事です。それで、ビジネスとしてきちっと成立するっていう。じゃないと継続できないですからね。

水上 それを今、監督兼代表でやっているわけですね。

竹清 もう大変ですよ。なんとかかんとか(笑)でも、結局リスクを負わないとできないってことだけは間違いないので。自分でしょってやるしかない、ってことですよね。

 

成功の定義

 

竹清  すごく聞いてみたかったことがあるんだけど、川口くん集客で言うと福岡では一番目?二番目?

川口 二番目ですかね。

竹清 成功している部類ってことですよね。

水上 そうですよね。

竹清 これから1020年自分のペースで福岡のお客さんのパイで福岡のお客さんが払ってくれる予算の中でずーっとやるのがハッピーなのか、そこで上手く行ったら東京に行くのが成功なのか。成功の定義って人それぞれだと思うんですけど、その辺どうですか?

川口 劇団がずっと福岡にあり続けるってことが一つ成功の定義であるのかもしれないです。ヨーロッパ企画っていう劇団が京都にあるんですけど、ガラパを旗揚げするときにそこを目標にした。シチュエーションコメディという作風も劇団の成り立ちもすごく好きで。あそこは劇団として作品を作るだけじゃなくてコンテンツを沢山作っている。自分たちで映画祭みたいなことをやってみたり、テレビ番組を作ったりしてます。僕は演劇だけをやり続けたりという感覚はあまりないんですよね。

竹清 物書いていたいってよく言うよね。

川口 そうですね。理想は書くことが一番やりたいです。でも劇団という場所もすごく好きなので、一番いいのは劇団の公演は年に一回とか二回、本公演をやりつつ、やってない時期は劇団でもっと別のコンテンツ、例えばテレビでもいいかもしれないし、それぞれが俳優として東京に行って活動してもいいかもしれない。

そういう形がすごく理想だなって。でやっぱり僕は書くことを重点的にやっていきたい。小説も書いてみたいし、テレビの台本も書いてみたい、それを福岡でやれてたらすごく理想的ですよね。あくまでも福岡の劇団だっていうこだわりはあるので。福岡の奴らがすごいもの作って、それを東京からいろんな人が観に来る、そういう漠然としたイメージはありますね。コンテンツはいっぱい作って行きたい。

水上 人の話になりますが、ガラパも、制作の力、プロデューサーの力は大きいですね。

竹清 プロデューサー超大事。プロデューサーの腹の決まり方次第ですよ(笑)

水上 今はそれこそ作品は川口くん、代表は椎木君っていう二本柱で作って、そこに制作の橋本さんの力が入って今みたいな形になって来てると思うんですよね。これからの10年以降の展望で言えば、人の力というのが必要ですよね。

川口 そうですね。福岡には、なんか面白いことしている人が意外にいる。竹清さんと、僕はたまたま卓二さんが紹介してくれたから繋がれたけど、福岡って、色んな人達が繋がっていく仕組みがないですよね。沢山の人と出会って行けたらすごい力が生まれるんじゃないかなっていうのをここ最近考えるようになりました。演劇に限らず、それぞれが自分のいる世界に閉じこもりがちになって見える範囲が狭くなるから、僕自身いつも反省するところです。だから違う世界の竹清さんと話をしているのはいつもすごく解放されます(笑)

竹清 福岡は面白い人がいっぱいいるし、ちょいちょい面白いことがあるんだけど、そこで終わっちゃうことも多いんですよね。自戒も含めて。でも、もうちょっと大きいところになっちゃうと、居心地の良さが逆に弊害になっちゃうときもある。良い悪いじゃないです、本当に。ただ、そういう風な雰囲気だから、気を付けないといけないなって思ってるところはあります。このくらいでいいなって思ったらもう終わりだなって。福岡がではなくて、自分の中がですね。

 

アンテナを外に向けて

 

水上 竹清さんの中では、刺激とか情報とか東京のチャンネルはあるんですか?

no3-4.jpg竹清 僕自身は仕事もあって2週間に一度は東京に行って色々な話をしてますし、ここ2年は割と定期的に海外に行って、一緒にやってくれるスタジオとかチームをリサーチして、常に外に目が向くようにしています。ちょっと演劇から話が外れちゃいますけど、この2年間海外に行って、もう超ショッキングでした。日本だけが日本のマーケット用にエンターテイメントを作っている。海外は少なくとも自分の国以外の所も広いマーケットとして捉えて、それ用に内容を作っているんです。

水上 具体的にはどこですか?

竹清 アジア一帯、それからヨーロッパ。びっくりしたのは南アフリカもCGアニメとか作ってて、南アフリカでペイするの?っていったら、いや、僕らのマーケットはヨーロッパだ、と。北米はハリウッドとかもあってきついからEUでペイするって言ってました。内容も人種を越えて理解できるようなものにしている。だからもう商品ですよね。まあ当たり前なんですけど。今の所、日本ではそういう視点ではあまり作っていないですね。

水上 今の話で言うと、確かに演劇でも、韓国は日本の半分しか人口がないから完全に外に向けて作ってますよね。だから台詞のない(=ノンバーバル)演劇を作って、とりあえず日本に持ってきてますね。日本が一番マーケット層が大きいから。日本の場合は日本で作ってそれを他で、というのはあまりない。

川口 僕は自分の作るものが言葉に依存しているものなのでそこまで興味はないんですよね。でも、うちの代表の椎木が前に公演で韓国に行ったんですけど、向こうの人たちはとにかく笑う、と。良くも悪くも、笑いってものに関してはかなりウケがいいらしい。特にこっちでいうところのドリフみたいなことがすごくウケる。だから実はうちの芝居は韓国でいけるんじゃないかって椎木が言ってました。言葉に依存しない、スラップスティックコメディ、チャップリンみたいな見た目で面白いもの、それをもっとコメディにふっているものとか。今、日本から韓国にいってるものって芸術性の高いイメージがあります。身体性のある作品がいってるんですけど、その身体性をもっと笑いによせた作品で持っていくってことはまだやってるところはないんじゃないかなという気がする。分析は出来ていないし、お国柄もあると思いますけど、僕が聞きかじった限りでは、笑いに対しては韓国には通じる可能性がある、そういうイメージはありますね。前例がないのでそれを確かめる術はないんですけど。いずれ挑戦してみたいなという気持はありますね。

竹清 韓国ってオフブロードウェイみたいなとこがあるんでしょ?

水上 ありますね。大学路です。空間的にはガラパがやってるくらいのサイズのものがたくさんありますよね。

竹清 そういうところでぴょっとやったらいいのに(笑)

川口 ぴょっとね(笑)劇場いっぱいあるっていいますもんね。なんか笑いが通じるならちょっとやってみたいとか思いますけどねー。

水上 言葉がね。役者は皆ハングル語とかで(笑)

no3-12.jpg川口 そうですね(笑)その言葉の部分をどう処理するかですよね。どう伝わるかっていうのが全然未知数だから、ちょっと試してみたい気はしますけど。

水上 やったらいいんじゃない?実験だから(笑)

川口 そうですねぇ。実験か。やってみようかなぁ・・・。まあ、近いですからね福岡。興味はあるんですよ。笑いはやっぱり武器だから、それが通じるんだったらそれはいいですけどねぇ。何が面白いんだろ、韓国の人達って。何見て笑っているんだろう。

竹清 それを確かめるために一回やってみる(笑)

川口 じゃあちょっとスタンダードな笑いで・・・じゃあ、次の10年はどっかで海外公演を。

竹清 いいですねー。

水上 少なくともじゃあ福岡から一時間半程度で行ける海外をくくって、そのエリア内をまず制覇するとか(笑)ソウルでしょ?上海とかあと台湾とかいいかもよ。

川口 誰もやってないからなぁ。

竹清 いやいや、だからいいんじゃない。

川口 そうですよねー。それこそパイオニアですよね。

水上 もう日本ツアーじゃなくてワールドツアーだよ。

川口 それこそ殺陣とかする劇団は行ってるイメージありますね。日本っぽいものを持っていくっていうのは昔聞いたことがあるけれど、そうじゃないものもいいですよね。僕どちらかというと、あんまり福岡とか博多とか日本とかに依存したものを作る気はないんですよ。博多弁とかを使うこともあんまり興味がない。どこに持って行ってもウケるものを作りたいですね。東京とか大阪とか、もちろんそれ以外の地域もですけど。そう考えると海外もおんなじ視点でみても何ら問題はないってことですよね。

水上 一回やって成功したら海外に売れるわけでしょ?

川口 お金がね、もらえるならやりたいですね。

竹清 水上 (笑)お金があるところに行きましょう。

 

福岡のメリット

 

no3-31.jpg川口 演劇の人ってお金稼ぐのあんまり得意じゃないから。でも演劇って労力は使ってますからね。

竹清 さっきの幸せの話になっちゃうかもしれないけど、大塚さんっていう有名な声優さんが本を出していて『声優にだけはなるな』って(笑)。声優って職業だと思うから辛くなるんだけどそれが生き方だったらやらざるを得ない。そういう人がやるべきだ、と。そこにお金を結びつけると一般的な話として成立しなくなるからそういう覚悟のある人だけ来てくださいと。お芝居の役者さんと似た香りがしますよね。

川口 僕もやっぱり、やれって言えないですもんね。知り合いで役者やりたいって子がいたら。まあどっぷり浸かってたらもう仕方ないですけどね。

水上 まあ確かにね、劇団ってうちに来たら儲かるよっていって誘わないもんね。

川口 そんな劇団は嘘の劇団ですね。

一同 (笑)

竹清 でもまあ幸せの尺度はそれぞれ違いますよね。お金とは別で。

川口 まあそうですね。いろんな劇団がいっぱいあっていいと思います。

竹清 水上 (笑)

川口 僕、竹清さんとはフラットに話せるんですよ。演劇じゃないモノづくりをしている人と出会う事ってあんまりなくって。竹清さんと出会った頃はちょうど演劇関係のところに関わらないようにし始めていた時期だったんです。もっと東京の人とか関西の人とか、視野を広く持ちたいというか、福岡の事だけを考えないようにしていたんです。僕にとっては別のジャンルであるってことはすごく俯瞰できるというか、そこからどう見えているのかっていうのがすごく方位磁石だったというか。

竹清 それで思い出しました。福岡でやるメリットって確かにありますね。僕の個人的な感覚だと、業界からアウトローでいられるってことですね。メンタルさえちゃんと自分でコントロール出来ていれば予定調和なものを作らなくて済むし、ちょっとはみ出たものを作るチャンスがある。演劇とはこういうものだ、映像とはこういうものだっていうのが出来ているじゃないですか。でも、実際はそんなことない。むしろそうじゃないものの方が面白いこともある。そういう型にはまった定義みたいなものに対して自由なメンタルで居られる可能性が高くなると思いますね。東京以外の方が。

川口 東京は、若い演劇人なんかは特にちょっと芽がでると刈り取られていって、脚本書かされて、で上手くいかなくなったらポイって捨てられてしまう。でも東京に居たら、そこを目指さなきゃっていう気持にならざるを得ない。自分が意識しても巻き込まれていく。だから福岡みたいにちょっと離れた場所からちょっと俯瞰するのはメリットがあるって言えるんだろうなと思います。ただ居心地が良すぎてダメになるっていうパターンもあると思いますけど。

竹清 いや、ありますよー。

水上 そこは絶対陥ったらいけないとこだね。

川口 ホントですよね。

竹清 表現者としてはね。生活者としてはもう最高ですよ。

川口 そうですねー。東京の人の話とか聞くと、かわいそうになっちゃうときもあるから。ボロボロになって行っちゃう人もいるから。

竹清 えー?でもそれってチャンスじゃない?

川口 そうですね。でももう乗るか反るかですから、そこの勝負に戦い続けていかなければいけないみたいなことがあるんですけど、でもそれも幸せの尺度ですよね。

竹清 そうそう。

 

これからの10年?

 

川口 ある時急に、役者やってた子に、最近舞台出てないね。どうしたの?って聞いたら、地元に帰って農業やってるって、急にそんなことをやる気持ちになる流れってなんだろう。ちょっと想像もつかない。

竹清 すごい密度でがーっとチャレンジするんじゃないんですか。それで、納得してもうやりきったからいいや、ってなる気がする。

川口 もう二度と演劇はやらないんだっていう人もいて(笑)大変だったんだなーって思うし、あんなに演劇のこと大好きだったのにって思います。うまく立ち回るってことが出来るのも才能だとは思うんですけど、そういうことも含め色んなことが起きているのが東京だから。

水上 ここまでの話だと、福岡で長く続けることが目標じゃなくって、福岡で新しいことを始めることに重点を置いているってことなのかな。

川口 そうですね。福岡はその前線の基地としてすごくいい場所だなっていう感覚はあります。

竹清 じゃあ今後10年は色々新しいことを仕込む。

川口 色々やっていきたいですね。今までは劇団の規模を大きくしていくっていう一本やりでしかやってきてないので、この方法にも限界がみえてくるんですよね。作品を作って作品の宣伝をすることでお客様を呼ぶっていうやり方だからどうしたって伸び率は鈍くなっている、そこを打破するっていう観点から、違う切り口を考えていかないといけない。それは、他のジャンルとの関わりかもしれないし、違うところに作品を持っていくってことかもしれないし福岡だからこそできるある意味ミニマムなところに何か宝が埋まっているかもしれない。こういう視点を持つ作業はやっていかなきゃいけないと思いますね。もちろん作品創りはベースに持っていますが。

水上 例えば今は演劇でも凝った映像を作ったりしてるじゃないですか、ガラパもあると思いますけどそういう部分を竹清さんと一緒にやるとか。

竹清 そういう話もちょいちょいするんですよね。でもやる以上は商品だから、僕らがやりたいことじゃなくてお金を払ってでも観に行きたいっていう、観たいという部分まで計算してやらないといけないからね。まあ、やるならちゃんとしようとは思ってます。そういう話はしてますよね。

川口 そうですね。だから、10年ですよね。

竹清 10年とか言ってると映像なんてどうなってるかわかんないよ(笑)もう、やるならすぐでしょ。

水上 この公演が終わった次とか(笑)

no3-32.jpg川口 次はちょっと(笑)でも、それくらいの気持ちでね。スピード大事ですからね。

竹清 スピード大事。

川口 今まで、スピードを大事にしてこなかった、旗揚げ当初はサークル感覚でやってたものだからそこをないがしろにしてきてしまったのは大きな反省ですね。それがある種アマチュアの弱点。スピード=お金っていう感覚がないままやってきてるから、それはよろしくないことだな、と。竹清さんと仕事をやるようになってひしひしと感じた部分です。

竹清 僕むちゃくちゃ厳しいんですよ。広告業界でずっとやってるから、締切が仕上がりなんです。途中の仕上がりとかもね。仕事ですから。

川口 劇団って許されちゃう空間ですから、そうじゃないってことを感じることができて僕はぎりぎりよかったですね。これがあと10年くらい歳とったあとだったら手遅れだったんじゃないかなって思う。

水上 計画を立てるってことは大事ですよね。

川口 演劇は公演を打つ計画しかたててないですよね。当然劇場も押さえないといけないわけですから、一年二年のスパンで考えていますけど。ただ、それをやるって決めたらそれだけしか出来なくなっちゃうから、すごく効率が悪いことだなって思いますね。もっと密に出来ることが沢山あるはずなんだけど、年に二回公演をやるっていう決め事があると期間をフルで使おうと考えちゃうから、締切も許されちゃう。もうちょっとやり方を考えていかないとですね。

 

自分の作品に自信を持つこと

 

水上 ガラパは今何人いるの?

川口 劇団員は14人ですね。

水上 モンブランは15人。同じくらいですね。モンブランはそれで、みんなを食べさせてるんですね。

no3-43.jpg竹清 食べさせているというか、食べさせてもらっているというか(笑)まあ、僕らの仕事は半分はクライアントワークですからエンターテイメントとは種類が違うから一概には比べられないですよ。

水上 でも会社としての経営基盤があるからそれができるわけで。その部分なんですよね。ガラパの場合は日々色んな仕事とかアルバイトとかに縛られながら、年間2本くらいは死守してやってると思うから、公演以外の活動ができればいいですよね。

竹清 それができるのであれば、関係のないバイトよりはテレビ出ますとかテレビで番組やりますとか、そっちのほうがハッピーだよね。

川口 間違いなくそうですね。

竹清 その為にはリスクを冒して先ずはじめないと。誰もやってくれないですよ。

川口 本当にそろそろですよね。やっと今年で劇団も10年で第20回公演。ようやく、演劇公演の作品を作る以外の事をやってもいいのかなって思えてきましたね。特に最初の何年かは大学のサークルのノリでやっていたわけで、それがやっと5年位経った時に劇団として作品が認められたいって気持が生まれてきて、旗揚げして5年目で初めてイムズにいって。6年目で初めて東京に作品を持って行って。こういうことを重ねていって、やっと自分の作っているものがきちんとした商品になりうる可能性があるのかなと思え始めました。時間がかかってしまったとは思うんですけど。僕はずっと劇団をやろうと思って劇団を旗揚げしたつもりでもなかった人間で、特に自分が作るものに対しては自信がないタイプの人間なので、10年経って、やっとちゃんとしたものが作れてるのかなって思えるようになってきた。時間はかかったけど、人の目にさらされる時間が必要だった気もしています。そろそろ自信をもって違うこともやっていいんじゃないのって、ようやく自分を説き伏せることに成功してきましたね。

竹清 例えばなにやりたい?小説とか?

川口 小説とか書きたいですね。いやなんか、テレビとかもそうだし

竹清 出たい?

川口 あ、出たくはないかな。

水上 ドラマを書きたい?

no3-3.jpgのサムネール画像川口 そうですね、物語を書きたいです。それこそ商業みたいな舞台ですよね、まあタレントさんが出ている舞台でもいいだろうし。僕、そいういうものって別の次元のものだと思ってたんですよ。特に劇団始めた頃って、自分たち、いわゆる趣味で集まった劇団とタレントが出て何千円か払ってお客さんが観に来る作品っていうのは別のラインにあるものだと思っていたんです。でも実は別にそんなことはなくて自分の方法論で自分の作品の個性でお客さんを楽しませられるんじゃないかっていう自信は今ならあります。例えばそれがドラマだったとしてもそこに自分のカラーが乗せれる気はしなくもない。ようやくこういう風に思えるようになってきた。こう思えるようになったのは竹清さんと仕事をしたのが大きかったと思います。演劇の業界じゃないところから一緒に話をしていくうちに感じる共通している部分があったり。僕からしたら全然違う世界の人だったんですよ。話してみると決してそう遠い世界ではないんだ、と。僕が書いてきたものを竹清さんが面白いって言ってくれることが僕にとっては衝撃的な出来事でした。

水上 今の川口君の話を聞いてどうですか?

竹清 そう言ってもらえるのは僕も嬉しいです。一緒にやってて面白いですし、ちゃんと想像したものに向いた作品に話しをしながら近づいていく感じが楽しいです。川口くんは映像向いていると思いますよ。作り方とかもね。だからそっちにも広がるといいなと思いますね。そっちでまた川口君の名前がバーンと出たらガラパの公演にもお客さんが増えるかもしれないし、そうやってぐるぐるいい感じでまわるといいですよね。

川口 そうですね。すごく理想ですよね。

水上 それを確認するための今回だったんですね(笑)ガラパがやってきたことを職業化するようなところにいるんだなっていう印象を受けました。

川口 少なくとも昔よりはそういう視点を持つようになってきましたね。恐らく目をそらしていた部分もあったと思うんですよ。目指してしまうと挫折するのが怖いですからね。なんでもそうですけど。

竹清(笑)まあね、ぶっちゃけそうだよね。

川口 自分の作品に自信がなかったのが、今は少しは自信を持とうかなって思い始めてます。

竹清 川口くんの脚本は構成と構造をきちっと固めていくタイプだから難しいよね。書きなぐればいい、とかじゃないもんね。

川口 そうですね。つじつま合わないってことが致命的になるから。それも勢いで行けるもんだったらいいんですけどね。だから、書いてる量はすごい書いてると思います。台詞とかシーンとかは役者のみてない部分で結構書いてるんですけど実際に印刷されてくるのはほんのちょっとだったりしますよね。

竹清 ここで言っておきたい(笑)

川口 (笑)稽古場で言うのはちょっと恥ずかしいので、ここで言います(笑)でもホント、いつまでたっても難しいですね。

水上 クリエーターは一番の自信作は次の作品っていうもんね。

竹清 終わった瞬間にもう次ですからね

川口 なんか批評する自分の目の方がどんどん高くなっていくから嫌なんですよね。昔だったら面白いなって思って書けてたことが、いや、これはもうちょっといけるんじゃないかなって思う気持の方が強くなるからすごく苦しくなった。

水上 去年は昔の作品を4本再演しましたよね、昔の作品やって、どうでした?

川口 昔のやつは意外に面白いなって思いました。結構面白いこと考えてたなぁって思って。なんか技術的につたないなとは思ったんですけど、その時にしか書けない勢いみたいなものは確かにあるんだな、と。そういう意味ではそれもちょっと自信になった、信じて書くしかないなって(笑)それもその時なりに必死で考えて書いたものだから。だからなんか、取り組む姿勢としては変わんないんだなって思いましたね。上手くなったから楽して書けるとか、知識がついたら早くなるとか・・・

竹清 いやー、ないよねぇ・・・。

川口 ないですよねぇ・・・。それはある意味諦めがつきました(笑)もう戦うしかないんだろうなって。だから、大変ですね。未だに泣きそうになります(笑)なんも思いつかん、上手くいかんって(笑)でもきっと昔より自分に高いハードルを課してるから苦しいんだという風に思っているので苦しいのは正解なんだろうなって今は思ってますけどね。(笑)

 

来年の目標!

 

水上 そろそろ時間なんですが・・・来年あたり海外公演しますか。

竹清 いいですね(笑)観に行きますよ。

川口 そうですねぇ(笑)でも来年あたり、モンブラン・ピクチャーズと何か一緒にやりたいですね。

竹清 やりますか?まずプロットを書かないとね。

川口 じゃあプロット、企画書を書くってことを次の10年の目標で・・・

竹清 長いよ!次の10月までとかだよ(笑)

川口 わかりました。じゃあそのつもりで、年内に、書きます。でも、やっぱり言わないと始まらないですからね。

竹清 そう!やるって決めてやり始めると始まるんです。

川口 なんか投げてみるって大事ですよね。荒い球でもとりあえず投げるっていうのは癖にしておかないといけないなって、ひしひしと感じるので。じゃあ、今年から来年にかけてバンバン投げてくっ。

水上 きましたね。

川口 そうしましょう。そう、それが大事(笑)これが来年に向けての目標です。がんばります。

竹清 水上 しかと聞きました。

川口 映像にも残ってしまった(笑)ほんと、がんばります。

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2015年6月16日 20:02  カテゴリー: ガラパ10周年リレー対談 | コメント(0) |
劇ナビ&ガラパ 合同企画 リレー対談 第2弾

万能グローブ ガラパゴスダイナモス10周年記念
リレー対談No2 九州を元気にする!

ガラパ対談

椎木樹人(万能グローブ ガラパゴスダイナモス 代表) 川口大樹(万能グローブ ガラパゴスダイナモス 脚本・演出) 筑前りょう太(NPO法人九州プロレス 理事長・プロレスラー)

進行:水上徹也(シアターネットプロジェクト 代表取締役)


水上:ガラパゴスダイナモス10周年記念劇ナビ対談第二弾。今回は九州プロレスの筑前良太さんにお越し頂きました。

一同:よろしくお願いします。

mizukami 水上:九州プロレスについて教えてください。

筑前:九州プロレスは2008年に僕らが作ったプロレス団体です。僕らはプロレスを通して九州ば元気にするバイというのを目的に活動しています。僕らの信念は「九州ば元気にするバイ」ですからプロレスファンの方だけに元気を与える集団ではないんです。僕らの元気を求めとう人達は僕らの会場に来れない人達なんじゃないかっていう想いがあるので、老人ホームとか障がい者施設、児童養護施設、幼稚園、保育園にこちらから行っています。

水上:そういうところでプロレスをするんですか?

筑前:選手が行って、でかい身体とでかい声で「元気出せ!」って(笑)。施設に伺ったときは30分で1セットのお話と、練習をお見せして、身体をお見せしてですね。それで元気にするぞ、みたいな感じです。

椎木:レスラーはもう存在自体がエネルギーの固まりなんで、そういう人が来てくれるだけで元気になりますよね。


■出会い


水上:ガラパとの出会いは?

椎木:僕は、元々プロレスが大好きなので。新日本プロレスに出ていた頃から「筑前りょう太」っていう人物は知っていて、すごくいいレスラーがいるなぁと思っていたんです。そしたら、福岡に帰っきて福岡で団体作るっていうプロレスニュースが流れたんです。筑前りょう太が福岡に来るんや!って調べたら福岡出身。だから筑前なんだ(笑)福岡に帰って来て、プレ旗揚げ戦を僕と川口が住んでいる志免町でやって、かなり興奮しました(笑)九州プロレスのプロモーションをしている会社がガラパのプロモーションもして下さるようになってお会いしました。そこから5年前に結成5周年記念公演をやったときに筑前さんにゲストで来て頂いて終演後にトークをさせて頂きました。それが、最初に一緒にやらせていただいた出会いですね。

筑前:僕ら、九州プロレス作った時にどうしても最初の試合は志免町でやりたかったんですよ。どこでやろうかなぁと探していて、シーメイトや!と決めた。そしたらその責任者の方から、「うちの息子がくさ、演劇ばしよるっちゃけどさ、プロレスが好きっちゃんねー。」みたいな話をきくわけですよ(笑)実はその頃から僕も会いたいなーとは思っていたんです。

水上:筑前さんは5年前にガラパを初めて観たんですか。どうでしたか感想は?

筑前:いや、やっぱり全然違う世界をみせてもらったことが嬉しかったですね。表現する、何かを伝えるってことにおいてはプロレスも演劇も同じだと思うんで、すごくいい刺激をもらいましたね。

椎木:3年前くらいにグレコローマンスタイルっていう劇団が九州プロレスと一緒に作品を作るっていう斬新な企画があったんです。その時に主宰の山下さんから、「プロレスで芝居を作る、お前出ろ。」と言われて(笑)僕も即答で「出ます!」って(笑)。その中で僕は、筑前さんのチョップを一公演につき7~8発くらってみるみる胸板が紫色に変色していく(笑)でも、僕的にはめちゃくちゃ幸せでしたね。

一同:沈黙(笑)

椎木:憧れの場所のリングに上がること自体がもう幸せでした。僕がファンとしてみていたプロレスラーの筑前さんと肌を合わさせて頂く感動を感じましたね。
garapasiiki



■エンターテインメントとしてのプロレス


水上:川口君はどのタイミングで出会ったの?

川口:エンタメとして面白いなと思っていたので興味がありました。プロレスってショーとしてテレビで観てたんですけど、お客様を巻き込む姿勢が、ガラパと似ているなぁ、と思ってます。

椎木:K―DOJYO(KAIENTAI DOJYO)は千葉の団体で常設小屋があるんです。筑前さんはプロレスラーなんですけど、そこの商工会に入ったり、地域の人達を巻き込んでやっていたんです。自分も劇団やってますし、団体運営にもすごく興味を持ち始めていました。こういう団体がこういうことやってるよ、ていう話を川口さんにしていました。

川口:そこで興味を持って筑前さんと実際にお会いして、目指すところが似てるんだろうなと思いました。

水上:具体的に共通するところがあるのかな?演劇は舞台と観客が離れてるけど、リングは真ん中にあって観客との距離感が少し違う気がします。観客の応援なり興奮なりというのは試合に関係しますか?

筑前:大いにありますね。僕らは絶対観に来てくれた人に対してエネルギーを伝えて帰ってもらうっていう想いでリングにあがるので。その辺の想いは演劇と近いものはあると思いますね。

椎木:慰問に行かれてるという話がありましたけど、九州プロレスってすごいなって思うのは、九州はプロレスが根付いていない、そんな中でも九プロは、プロレスを観たことがない人、それこそ子どもからおじいちゃんおばあちゃんまで、初めて観る人達に観せる、そういう人達を熱狂させる。これは僕らが目指している部分ととても近いなと思います。

筑前:それは嬉しいですね。そういう風に言ってもらえて(笑)



■プロレスも演劇もフトコロが深い

椎木:演劇ファンだけでも僕らはダメだと思っていて、特に福岡でやるって決めたときに結構考えたので、九プロもそういう思いがあったんじゃないかな、と思います。

筑前:そうですね。やっぱり、日本のプロレスの始まりって力道山じゃないですか。あの時は日本中が小さいテレビの画面ににくぎ付けになって、そこからエネルギーをもらったわけじゃないですか。僕はプロレスにはそういう可能性があるっていうのを信じていますね。今こういう風にプロレスを小さくしてしまっていることに、僕はすごく責任を感じているんですよ。沢山の人が本当はエネルギーをもらえるコンテンツなのにそれを小さくしてしまっているんだ、と。沢山の人に元気を与えることはプロレスラーとしての使命だと思うし、皆の真ん中にプロレスが来るようにしなくちゃいけないなと思いますね。

水上:今までの自分のイメージとは全く違いますね。

椎木:老人ホームに行くっていう話の時、水上さんでもそんなに驚くんだって思いました。プロレスってバシバシっていうイメージが普通なんですかね。演劇もすごく難しいっていうイメージがありますけど、難しいってことは全然ない。言ってしまえばプロレスも演劇も、そのフトコロが深いところは似てますね。

川口:プロレスに興味のない人が九州プロレスを知っていたりするので、なんで知っとうと?みたいな話になったりするんですけど、プロレスファンの間だけに浸透してるんじゃないんですよね。演劇も似たようなところがあるじゃないですか。僕らも演劇を知らない人にどうやったら届くかみたいなことを模索してずっとやっている。




■「元気を届ける」「福岡を誇りに」




水上:九州プロレスは目標みたいなものを3つ掲げていると聞きましたが・・・

筑前:そうですね。色んな人に元気を届けますよっていうことですね。

水上:目的があることで、はっきり伝わっていいですよね。その辺どうですか?ガラパは。

椎木:僕ら、今回10周年にあたって「福岡を誇りに持つ」っていうテーマを決めているんです。福岡に住んでいる人達ともっと福岡を好きになっていきたいと。やっぱり演劇って、どうしても東京コンプレックスがあるんですよ。東京の方がいいんじゃないかっていう人は沢山いるし、なんで行かないの?っていう人とかも沢山いる。それに打ち勝つためには、だって福岡好きだもんとか、福岡こんなにいい街だもんとか、そう思うしかない。そういうことを、僕らの演劇を通して「福岡にもこんなに面白いもんあるじゃん」とか「ガラパを観に行ったらこんなに楽しかったね。これ福岡でしか観れないね。」っていうことが福岡の一つの誇りになってくれたらいいと10周年の目標として決めたことです。今後の目標になっていく気がしてます。

筑前さんに聞いてみたかったことがあるんです。東京コンプレックスの話をしたんですけど、筑前さんは福岡出身でメキシコに行かれて、その後東京で6年ぐらいやられて福岡に帰って来られている。これってどういう指向だったんですか?



■関東を利用する


筑前:僕はここの街を出る時に2~3年したらこの場所に帰ってくるって決めてたんですよ。

水上:元々最初から。

筑前:上京すると同時に筑前りょう太って名前を付けたんです。僕は帰ることを決めた上で、この名前を名乗って関東を利用しようと思っていました。今、華丸大吉さんが頑張っていて、華丸大吉さんを通して「ああやっぱ福岡っていい街なんやねっ」て全国に知らしめていただけると思うんですよね。こんな風に、関東を利用して地域を興すっていう、僕にとってはそのための時間だったんですよね。

水上:なるほどね。

椎木:少なくとも僕は、新日本プロレス出て行った人が福岡にくるっていう熱さに感銘を受けました。でも、あっちでやってる方がよかった、みたいなのはないんですか?

筑前:いやー、やっぱりここ(福岡)がいいですよね。以前、東京ドームで6万人の観客の前で試合をしたんです。これは、レスラーとしてはすごく気持ちがいい。だけどそこで試合をした時に、僕はもっと一人一人とダイレクトに触れ合いたいなという思いを持ったんです。この体験が、自分が変えようとしていることに対して、後押ししてくれたんですよね。

椎木:筑前りょう太っていう人物を皆が知ってるような勢いのある時に帰ってきてますよね。

水上:勢いのあるときに勢いのあるままに帰ってきたんですね。関東を利用するっていうことを、どう思いますか?

川口:いや素晴らしいと思います。利用しないとだめですよね、地方が関東を。なんか関東がいいっていう謎のイメージがあるけど。

椎木:福岡の人って単純で、福岡の人が東京で売れたらそこで一気に知名度あがるじゃないですか。

川口:簡単(笑)

椎木:俺達の街の出身だ!みたいな。わかり易い(笑)

川口:福岡はそういう一体感がありますよね。福岡の人が頑張ったら、俺らのあいつがやってるぞ、みたいになれるってのはいいですよね。変にひねくれてないというか。

椎木:僕らが東京公演を始めたのも、東京でビッグになるっていうだけじゃなくて、東京でも評価されているということで福岡のお客様が増えるっていう事を見越してましたからね。逆輸入的な。

川口:利用させてもらう、みたいな感じで。

水上:ある意味日本のどの地域でも、評価に弱いですからね。「あれすごいらしいね」とかなったら「それは観に行かないかん」とかありますね。

椎木:入口としてはすごくいいですよね。これきっかけで観てもらってそこでどれだけ面白いことをやるかってことですけど。



■ガラパ×九州プロレス

水上:ガラパは今後10周年を踏まえて色んなことをするんでしょうけど、なにか九プロとガラパの科学反応みたいなことが起こったりしないかな。

椎木:起こったりすると面白いですよね。僕は一緒にやるのは劇場空間だけじゃなくていいと思う。もちろん、劇団として劇場で作品を作るっていうのは僕らの結集した作業なわけですけど、僕らがやれることって他にも色々あって、特に福岡の街って考えたときに例えば野外でお祭りするとか、例えば商店街でなんかするとかでもいい。いろんな場面で演劇を使えたらっていうのを最近思っています。そういうところでプロレスと演劇が融合するようなことがあったら面白いんじゃないかな。例えばお化け屋敷を演劇的に作って、そこでプロレスラーが出てくる、みたいな?わかんないですけど(笑)試合をするとかでもいいですけど、演劇が、劇場で作品を作るというだけじゃなく一緒に街を面白くするって意味でできることとかがあるんじゃないかなって思いますね。

水上:筥崎宮の放生会にガラパの小屋と九プロの小屋が並んでやってる、とか(笑)

椎木:それ面白いですね(笑)僕らも蛇女とかやったりとか(笑)怪奇蛇女(笑)なんかそんなことができたら面白いですね。演劇って見始めて入り込まないと作品の中まで行けないんですけど、プロレスって一発でわかるじゃないですか。僕らとは違う身体を持ったプロレスラー、超人が出てきて動くだけでお客さんは胸が躍りますよね。そこの説得力というかわかりやすさっていうのが演劇にはないところ。演劇はまず入口に入っていくのが難しいのでプロレスのいいところと演劇のいいところとコラボすることができたら面白いなぁと思いますね。

川口:プロレスってコメディができるのもいいなぁと思ういますね。プロレスって笑いの要素が入っていたりするじゃないですか。それは本当にエンターテイメントだなーと思うし、それはやっぱり存在ありきというか、このでっかい人が気づかない、みたいなその面白さっていうのはレスラーにしかできないと思う。

椎木:愛らしいんですよね(笑)

川口:そうそう。なんか人間というか、でっかい熊を可愛く感じるみたいな(笑)嫌味なくみてしまう。不思議だけど、あざとい俳優がいかにも笑わせることやるとうっとおしいんですけど、プロレスラーがやってることってショーとして完成して見えるから不思議なんですよね。



■九州というエリアを意識する


水上:全国からみて福岡に九州プロレスがあるってことは特殊ですか?

筑前:だと思います。はい。もうちょっとしたらそう言えるかなって感じがしますね。すごい独特なやり方はしてると思いますね。

水上:それは筑前さんという人がいたからできたことでしょう。一回目の対談でマーケットの話が出たんです。福岡という街のスケール、大きさは東京とか大阪に比べると小さいし、やっぱり意志がないとできないと思うんですけど、実際福岡を拠点に九州プロレスを始められて今、どんな感じですか?

筑前:そうですね。僕は、ここ(福岡)に住みながら大好きなここ(福岡)に住む人たちに元気を届けるっていうことがどうしてもしたかったので。それに対して前例がないとか、やった人がいないとかそんなのは全然関係ないとは思いますね。

水上:その思いがやっぱり第一ですね。

筑前:そうですね。プロレスに対する信頼が僕の中にはあって、もっともっと沢山の人に元気を届けることができるはずだっていう思いがあったんで。

椎木:最初やっぱり、苦労したんじゃないですか。

筑前:僕は椎木さんと同じくプロレス気狂いなんで(笑)

椎木:僕は演劇気狂いです(笑)

筑前:でも「九州プロレス」にしたのは九州全体のマーケットを考えてってのはありますね。ヒントになったのは「四国アイランドリーグ」。あの存在で僕は四国そのものに対して興味が湧いたんですよ。ああいう謳い方をして島全体に興味を集める手段があるんだなーと思って。じゃあ、九州プロレスでいこうって。

椎木:九州って外から見てもひとつの力を持ってる感じがしますもんね。演劇も、僕らは福岡で活動しますけど、九州全体としても、今は繋がりが強いですね。ほぼ全県の劇団を知っているし、一緒に作品を作ったことがあるくらいに九州って横の繋がりが強かったりする。

水上:情報のやりとりもかなり進んでますよね。



■地域に根を張る


筑前:でも福岡が一番なんでしょ?

椎木:そうですね、僕がいる所が一番です(笑)すみません、冗談です(笑)川口さんともよく話すんですけど、僕らなんで福岡でやるのかって考えた時に、もう好きだからとしか言いようがないというか、ここで産まれてここで育ったからここが好きなので。僕らも頑張ってますけど、九プロはそれで成功している。ここでしっかり根をはり始めているってところがカッコいいですよね。もう8年目くらいですかね。最近すごく九プロのことを聞くことも増えたし、僕が言うのもなんですけど、九プロが福岡のいろんな人たちに知られるようになってきているんだと思います。プロレスで食えてるプロの人達がいる状況があるっていうのはすごいかっこいいことで、僕も演劇を福岡でやるって言うからにはそうなりたい。「ホントは東京の方がいんだけどなー、でも福岡じゃ食えないしなー、でも福岡好きだからなー」、ではカッコ悪くて、「福岡でプロでやってます」ってなれて始めて説得力が出てくるって思うんですよ。だから筑前さんが福岡好きだっていうのはすごくかっこいい。

水上:そういう意味ではお互いジャンルは違えどもそれぞれの団体どうし刺激し合っている感じですね。

椎木:筑前さんのやり方に刺激を受けましたね。演劇界からもっと外に出ていこうということも、筑前さんが街の人、住んでる人に会いにいくっていう活動に刺激を受けました。

水上:さっき聞いてびっくりしましたもんね。老人ホームとか児童養護施設とか。

椎木:自分たちから出て行くっていうことが、僕は地方でやっていくなら絶対やらなきゃいけないなって思いますね。



■楽しませる仕掛け


筑前:ガラパさんの舞台ってものすごく細かい仕掛けがあるでしょ。

椎木:ああいうの好きなんですよ(笑)

筑前:ああいうのはすごく刺激になりますね。どんな手段を使ってでも、とにかく元気になって帰ってもらおうっていうその思いがすごく伝わりますね。

椎木:プロレスも戦うだけじゃなくて照明とか映像とか音響を使ったりしていますね。九プロはそういうところがすごくしっかりしていると思います。

水上:誰か演出家がいるんですか?

筑前:いるわけじゃないですけど、僕なら「博多にわか」とか、それぞれがそれぞれの地域を背負ってそれを伝えたいという思いが結果的にそういうふうになっていくっていう感じですかね。

川口:目線がいいですよね。僕らもそうですけど、わかんない人がいるっていうことがちゃんと前提になっていることがすごく気持ちいいなって思います。僕もそうあるべきだと思います。自分たちのフィールドだけでやっていると段々、伝わって当たり前とか思うんですけど、これってすごく危険だなって思います。そうなっちゃうとマイナーな世界になっていっちゃう、ほんとに身内しか集まらないことになっちゃうから。そうではなくて、外にどう開くのか、自分たちがやってることを知らない人たちがいるんだっていう目線がないとエンターテイメントって絶対成立させられないと思うんですよね。

椎木:初めて来る人に観てもらえるのが一番嬉しいですね。

川口:初めて来る人、むしろ演劇ってつまんないんでしょってネガティブなイメージを持ってる人のイメージを覆す方が気持ちいいので、筑前さんが今おっしゃられていたような目線はすごく共感できます。

筑前:やっぱり初めて観に来る人への目線は重きを置いている。マニアの方に対してはちょっと刺激が足らなくて申し訳ないなっていう思いはあるんですよ。だけど、みんなが楽しんでほしいという思いが大きいです。



■「今、一緒に生きとうね!」

 

椎木:安心して観れますよね。友達と一緒に観に行って、そこで知らない人と一緒に笑って、わーって盛り上がってみんなでご飯食べに行こうよ!って。それがやっぱり演劇もプロレスも魅力だなって思うんですよね。ただ観せるだけじゃなくて、人が集まってくるっていうこと自体がね。

筑前:僕も一番感じて欲しいのは、みんなで同じタイミングで声を出したりすることで、「今みんなで一緒に生きとうねっ」ていうこと、それを一番感じて欲しいですね。それこそが何よりも元気の源になる感情じゃないかな。

椎木:演劇も一緒ですよね。会場で、本当に一緒に笑うだけで超楽しいですからね。皆で繋がってる感じがすごくする。

水上:スポーツの中でもプロレスはある意味一番演劇に近いのかもしれないですね。

筑前:明らかに違いますからね、ボクシングとかとはね(笑)

椎木:観客にアピールとかしたりしますからね。いくぞー!とかって(笑)

筑前:わかりやすい展開を繰り広げて沢山の人にメッセージを届けるのがプロレスの役割なんです。

水上:今までは地方で、こんなふうに身近に繰り返しみれるような機会はなかったですよね。

椎木:老人ホームに来てくれるとか普通はないですよね。

水上:ここ(福岡)にあるから、できることではありますよね。

筑前:そうですよね。じーちゃんばーちゃんが喜んでくれると、僕たちが嬉しいですね。逆にエネルギーをもらいます。ばーちゃんたちにとってはテレビの中の存在ですからね。力道山ですから。あのプロレスラーが自分の施設に来てくれるげなって。そういう驚きっていうか喜びみたいなものを感じてもらえるのが嬉しいです。



■演劇も街に出る

 

水上:演劇はどうですか?外に出かけるイメージってどんなイメージがある?

椎木:昨年末はイルミネーション点灯式とかやりましたね。僕は演劇ってどんなものでも面白くできると思うんですよ。今この部屋を面白くしてくださいって言われるといくらでも面白いことできると思うし、バスに乗って通勤して15分座っている時間で演劇やってくださいっていわれたら、いくらでもできる。演劇ってどうにでもできる力があって、どんな場所でも面白くできるんですよって思います。具体的にはお祭りを作るのも面白いなって思うし、観光ツアーを演劇を使ってプランを立ててそこで色んなことが起こる、とか。それを楽しみながら街のことが知れる、とか。あとは博物館とか美術館とかの中に演劇があってもいいな、とかそういうイメージは沢山あります。

だけど一番面白いことができるのは絶対に劇場です。照明も音響も作家の世界観も一番表現できるのは絶対に劇場だと思っています。僕は、これは絶対に外したらダメだと思ってて、これは確実にやる。ただ、僕らはそこだけにいたら絶対にダメだと思うから演劇を使ってもっと違う分野で面白いことをするっていうイメージです。最終的にはやっぱり劇場だとは思ってます。

水上:川口君どうですか?

川口:そうですね。僕はやっぱり作家なのでどちらかというと自分の世界観をしっかり出したいっていうのがありますね。例えば、シンポジウムがあったりするじゃないですか。講演会とかを僕らにやらしてくれたらいいのにな、とか思います。伝えたい内容があって誰かが登壇して喋るっていうのがつまんないことって多々あるじゃないですか。内容を教えておいてくれたら代わりに僕らやりますよ、って。そういうのって恐らく劇場みたいな空間でやるでしょうから、僕らがやったら面白いんじゃないかな。聞くほうも退屈せず聞けるし、伝える方も伝えられる。ここに演劇は起こらないっていう場所に作品として入り込んでいくっていうのは面白いんじゃないかなと思いますね。

水上:北九州もモノレールの中を劇場空間にしていましたね。作家としてはその空間を劇場にするっていう、そういう演出があったら面白いですよね。

川口:そうですね。人が退屈している場所っていうのが狙い目だと思います。退屈だけど居なきゃいけないとか聞かなきゃいけないっていうことは世の中にすごく沢山ある。退屈している人がいる場所を見つけていけたら面白いんじゃないかと思いますね。

椎木:あとはもちろん、演劇だけじゃない分野の何かを書いたりとか。ドラマとか構成ものとかはこれから川口さんやっていくと思いますけど、こういう広がり方も、もちろんやっていきたい。東京の脚本書いたりとか、そういうことができてもいいなあという風には思っていますね。



■福岡に来ないと観れないモノを、来たら福岡のおもてなしを。

 

水上:お互いに、何か聞いておきたいことはありますか??

椎木:福岡って僕らにとってはもちろん当たり前の場所なんですけど、改めて他の地域の人から福岡何がいいの?ってきかれたら、なんて答えます?筑前さんの中に何かあったら聞かせてもらいたい。

筑前:そうですねー。まずですね、頭の上を見上げると飛行機が飛んでるっていうこれがいいですよね。僕らの道場がある場所は空港の近くで飛行機が下りるのが間近に見えるんですよ。頭のすぐ上を通るんですよね。中々この角度でみれないですよ。で、隣は新幹線が通ってるでしょ(笑)

椎木:福岡は街がきゅっとしてますよね。

筑前:きゅっとしてるんですよね。・・・んー、やっぱり…突き詰めると言葉にならないです。

椎木:福岡の人って、福岡をアピールする感じが半端ないですよね。これ美味しいやろとか(笑)

筑前:僕らも興行やって選手沢山呼ぶことがあるんですけど、そういう時は皆の昼飯を一応用意するわけですよ。で、その弁当が何かっていったら、牧のうどんのかしわ弁当(笑)誰からリクエストがあるわけじゃないですけど、僕が食べさせたいんですよね。うまかろ?って(笑)

一同:(笑)

椎木:福岡に来てくれるようになったらいいですよね。福岡から東京行くって結構あるけど、「九プロは福岡に来ないと観れない」、「ガラパは福岡じゃないと観れない」みたいなものがブランドになっていって。で、来てくれたら美味しいもの紹介します。福岡全土を上げるおもてなしをします、ってね(笑)

筑前:我々のことがきっかけでここの島(九州)にきてもらって沢山お金を落として帰ってほしいですよね(笑)

椎木:文化だけじゃなくて、観光と結びつくとか経済と結びつくってことがすごく魅力的だなって思いますね。

筑前:そういうきっかけになりたいですよね。

椎木:ソフトバンクホークスってかっこいいじゃないですか。ホークスって、人気がありますけど、あの人たちが動かしているものっていっぱいある。ああいう風になれたらかっこいいなーって思いますね。

水上:これは大きくでましたね(笑)

椎木:やばい(笑)

川口:福岡は、そういう意味では来たらいっぱいお勧めがあるよって言えるのがいいですよね。来てもらったはいいけど特に勧めるものがなにもないとセールスポイントにならないんだけど。ガラパも東京から観に来てくれる人に、水炊き食べて帰ろうとか天満宮行こうとか言ってますから。

椎木:イムズホールでガラパやってます。西鉄ホールで九州プロレスやってます。街では音楽やってます。公園では大道芸やってます、それが面白くないですか。そして、屋台も出てます(笑)



■デートで行く場所


川口:前に、イムズで合コンやってじゃないですか。イムズコン。イムズコンとガラパで一緒にやったら面白いと思う。初めてあった人と仲良くなるって大変じゃないですか。だけど、一緒に芝居観た後にとか一緒にプロレス観た後にとかだとすごく盛り上げれると思う。

椎木:プロレスとか演劇って、デートで行くっていうイメージがあっていいですよね。

川口:そうそう、デートとかで来たらいいのにね。

椎木:デートで行ったら、絶対会話弾むと思うし。

水上:話途切れないだろうしね。

川口:デートっていう意味では映画よりいいと思いますね。

椎木:空間を共有して声出して笑って。いいですね。婚活フェスティバル(笑)ガラパをみて食事に行こうとか九プロをみて食事に行こう。そして、東京からきたら美味しいものも食べれる(笑)そういうのいいですね。

水上:街コンだね。

椎木:街コンでプロレスと演劇やるってどうですかね。

川口:すごいカップル誕生すると思うけどなぁ。

企業研修は、「演劇」で?、「プロレス」で?

椎木:九プロと今後絶対なにか絡んでいきたいですし、そうなった時に団体同士だけじゃなくて福岡を巻き込んだ形で手を合わせてできたら面白いでしょうね。ちょっと筑前さん、マジな話していいですか?ガラパは演劇企業研修っていうのを作ったんです。

筑前:えー、すごい。

椎木:そしてこれは、九プロをパクったんです。

筑前:あ(笑)

椎木:九プロはプロレス企業研修をやってるんですよね。九プロのレスラーはガラパの研修を受けてもらって、僕らは九プロの企業研修を受ける。これどうですか?これ、やりましょうよ。

筑前:うわーなんか怖そうですね(笑)

椎木:怖くない怖くない(笑)絶対面白いですよ。マスコミにも取材してもらってね。どうですか? めんたいキッドがガラパの研修受けるよ。じゃあガラパも九プロの研修受けるよ、って宣言して行く。

筑前:演劇で企業研修やってるんですね。想像つかない。

川口:インプロみたいなゲームからスタートしていって最終的にお互いちゃんと喋れるようになろうっていうのが狙いです。新人の人がコミュニケーション取れるように。「自分たちの会社の新商品を提案しよう」って設定だけ決めてみんなで提案し合う。それをエチュード(即興劇)でやる。実際に自分たちが提案してそれが商品になってお金を動かすみたいなことって中々できないじゃないですか。それをアドリブという形で世界観にいれちゃってその中で演じてみて。

椎木:新しい斬新なグッズの会議をしてもらったりね。

川口:みんなで意見を出し合って。ただそれだけだと面白くないので、うちの役者も一緒に混ざって妨害したり。それをまた皆で意見出し合って乗り切ろう。そういうことしていくうちに段々お互い殻が取れていくんですよ。

椎木:合コンとかで使われているゲームって実は演劇から発生したものが結構あるんです。コミュニケーションを取るためのゲームが沢山あって、遊びながらワイワイみんなで笑いながら、失敗したねーって笑いながらいつの間にか仲良くなっている。演劇って失敗したり自分が嫌だなと思っている事とかコンプレックスに思っているようなことが一番面白かったり武器になったりするんですよね。例えば太っている人だったら自分が太っているのはすごく嫌かもしれないけど、太ってる俳優ってすごく面白いんですよ。それだけで個性がある。そういう面白さがあるんです。まずは皆のそんな部分を発掘していって最後は合わさって色んなことになっていく。

筑前:へえー。すごいですねー。そんなことを。

水上:プロレスの企業研修っていうのはどんな感じなんですか?

筑前:僕らはその、基礎体なんです、やること自体は。色んな地味なことをやるんですけど、自分の一線を越える体験をしてもらってその越えた自信を職場に持ち帰ってもらう。

椎木:むちゃくちゃきついらしいですよ、噂によると。悲鳴を上げるらしいです。

筑前:でもほぼ、参加者の皆さんはそれを通過していってらっしゃるので、きっと皆さんは日常で自分のことを低く見積もっているんですね。だから、実は自分が思っている以上の能力を持っているっていう自信を持ち帰ってもらいたいと思っているんです。

椎木:水上さん、参加したら死にますよ(笑)すーごい筋トレするらしいですよ。

水上:背骨がボキボキなるかもね(笑)

筑前:椎木さんが言われたみたいに普通の研修と同じ部分もありますけどそれを楽しく、声を出してエネルギーを出し合って、そして声で感知し合って目標を達成していく。

椎木:声は大事ですよね。普通に生活していると声を出すこと中々ないですよね。

筑前:一人じゃできないことも他からの叱咤激励によってもう一回できたりとかを感じてもらってますね。




■最後に


水上:そろそろ時間です。最後に一言ずつありますか?

椎木:筑前さん宣伝ないですか?

筑前:そうですね。九州プロレスに人気のめんたいキッドっていうプロレスラーがいます。彼が主催する大会が西鉄ホールで行われます。6月7日の15:00。「めんたいフェスタ3」というイベントです。博多のめんたいキッドが関西のビリーケンキッドに挑みます。博多のキッドが勝つか大阪のキッドが勝つか。是非博多のキッドを応援しに、6月7日15:00西鉄ホールに足をお運びください!待っとるバイ!

水上:じゃあ、お二人からもどうぞ。

椎木:僕、小学1年生の頃からずっとプロレスに憧れ続けて、演劇の世界に入った時に近いものを感じたんです。ずっとプロレスと演劇にはシンパシーがあるって思っていたのでこうやって筑前さんとお話しすることが出来て、夢がかなった。次は、この演劇とプロレスがコラボしていくことがあっても面白いと思うし、同志として色々刺激を受けながらやっていけたらいいなって、改めて思いました。福岡にこだわってやっていきます。

川口:久しぶりに筑前さんにお会いしてやっぱり身体の存在感ってすごいと。いるだけで絵になるってほんとにすごいなーって思いましたね。うちの役者も身体鍛えないかんなって(笑)九州プロレスとうちのスタンスって似てるんだなって改めて確認した。今後も、九州プロレスから色々盗みつつ、もっともっといろんなところにアプローチしていく努力とかを怠ったらいけないなと思いました。ありがとうございました。

水上:「九州プロレスがあるから」「ガラパがあるから」福岡に来る。それが目的になってもらうのが目標ですね。今もいるでしょうけど、もっとたくさんの人にね。福岡の人たちももっと日常的に来てほしいですね。

筑前:そういう存在にならないかんですね。

水上:まだまだ8周年と10周年ですから。先はこれからですね。では最後に掛け声で終わりましょうか。

筑前:僕らの掛け声で「九州ば元気にするバイ」というのがあるのでこれを一緒に(笑)僕が「九州ば」っていうので噴火するイメージで「元気にするバイ!」でお願いします。

筑前:ガラパゴスダイナモスがこの福岡九州ばー!

椎木・川口・水上:元気にするバーイ!!!アンカー

2015年5月27日 21:29  カテゴリー: ガラパ10周年リレー対談 | コメント(0) |
劇ナビ&ガラパ合同企画 リレー対談 第1弾

万能グローブ ガラパゴスダイナモス10周年記念

リレー対談No1 ガラパ×イムズ


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(対談:写真上左から)

椎木樹人(万能グローブ ガラパゴスダイナモス 代表)
川口大樹(万能グローブ ガラパゴスダイナモス 脚本・演出)
古場 治 (イムズ 営業統括部リーダー)

進行:水上徹也(シアターネットプロジェクト 代表取締役)

福岡を拠点に活動する「万能グローブ ガラパゴスダイナモス」(以下、ガラパ)が結成10年を迎えました。昨年は、プレイベントとして再演シリーズを一年にわたって開催、のべ3500人の動員をはたしました。福岡で今最も勢いがあり、メンバーも充実しているガラパのこれからを展望するために、福岡で活躍する様々なジャンルの方とのリレー対談を企画しました。まず、トップバッターとして登場していただいたのは、10周年記念公演の会場でもあるイムズの古場氏。どんな話が飛び出しますか。

 

水上:ガラパ10周年おめでとうございます。今回は“劇ナビとタイアップしてリレー対談をする”企画の第一弾ということで、ガラパのお二人に今回の公演を行うイムズホールの古場さんを交えて3人で色んな事を喋ってもらおうと思っています。

川口椎木古場  よろしくお願いします。

古場10年で何本作ったの?

川口 20本弱くらいですかね、多分。20はいってないと思いますけど・・・。

椎木:あ、でも小さい作品とかを合わせるともっとやってますよね。

川口:短編合わせると30本くらいは作ってるかもですね。

古場:えー(笑)その辺ちゃんとしてくださいよ。10周年なんだから(笑)

椎木:そのふわっとした感じがね(笑)まだ進行中ですから(笑)

 

結成のころ

 

古場:結成したのは、高校卒業してから?

椎木:一応、公式的には卒業と同時になっているんですけど、みんなで集まって劇団やろうぜというのは高校の時なんです。中心メンバーが僕の一つ下だったんで、彼らが高校卒業すると同時に結成、で旗揚げになったんです。

古場:オリジナルメンバーはそれぞれ別々でしょ?高校は一緒だけど、大学とか・・・

椎木:バラバラですね。

川口:母体は高校演劇の時の仲間ですね。大濠高校を中心に、個人的に仲が良かった椎木の同級生を誘って

椎木:可愛い女の子ばかり選んで(笑)

川口:めぼしい女子を選んで(笑)

DSC01972.jpgのサムネール画像

古場:設立の時のメンバーは今はどのくらい?

椎木:僕と川口さんだけですね(笑)ちょっと寂しいですね(笑)10周年って思ってますけど、実は皆まだ3年みたいな奴ばっかりなんで(笑)ただ、メンバーが変わってもみんながガラパですって言ってるのはちょっと面白いな、と思ってて。

古場:それもかっこいいと思う。だって大リーグだってみんな入れ替わっちゃうでしょ。なんかそれが今っぽい。

川口:あー。確かに今っぽい(笑)

椎木:確かに。イムズも入れ替わって(笑)それでもイムズホール(笑)

古場:ずーっといる人、いますけどね(笑)

椎木:劇団やろうっていうのは、 僕と僕の一つ下のメンバーが中心だったんです。川口さんは僕の二つ上の先輩なんですけど、たまたま僕らが劇団作る直前にフリーになったんで一緒にやります か?って。川口さん、最初は俳優だけやってたんですよ。ガラパ旗揚げの時、違う奴が脚本書く予定だったんですけど高校卒業してないってことで他の奴が書く ことになって。更にまた別の奴が書いたんです。

ガストで俺と川口さんとそいつと3人で集まって、「ちょっとこれ違う」って。で、川口さんが「俺も書いてみるわー」ってノリで書いてきたらそれがすごく面白かったんです(笑)

古場:それが自分としても初めて書いた本?

川口:そうですね。全く初めてでしたね。

椎木:シチュエーションコメディです。その時から。

古場:俺ってもしかして才能あり?みたいな感じでのその時に認識したりしたの?

椎木:なんですかそのいやらしい質問(笑)

古場:いや、元々書きたくて書いたのか、そんな気がなかったのに書いたら実は才能に気付いたのかっ、ていうのに興味がある。

川口:元々、書くことへの興味はあったんですよ。本読むのとか好きだったから。何の確証もないままとりあえず書いてみようかな、と。今考えたら相当危なっかしいことしてますよね。書けるかどうかもわからないのに劇場とって、やるっていって。

水上:すでに劇場は押さえていたの?

椎木:ノリで(笑)

古場:若さだねー。

椎木:あんなことがなければ、今こんなに苦しむことなかったのにね。書けないって(笑)

水上:劇団に入ったときは役者になりたかった?DSC02006.jpg

川口:僕、わりと流されるままにやってきたので(笑)高校の同級生が卒業するときに劇団を立ち上げるって ことになって、「じゃあやるやる」って。僕、元々高校時代は舞台監督をやってたんですよ。裏方が好きなんです。それが好きでずっとやってたら、ちょっと役 者で出てよ、って。じゃあ、出てみるって。そしたら良かったみたいで。次に別の企画の公演に呼ばれて、それを観に来てくれてた人から呼ばれて、って繰り返 しているうちにずっと役者をやっていった。そのうちにガラパに声かけられて、最初は、役者で出るんだろうなーと思っていたら、こういう流れで脚本書くこと になった。そして書いたら・・・ってあんまり自主的になにもしてないですね、これ。(笑)今気づいたけど。

古場:役者も上手ですもんね。すごい存在感があるもんね。

川口:ありがとうございます。

古場:役者もやって脚本も書いて…野田秀樹みたい。

川口:(笑)それはちょっと言い過ぎですよ。それはね野田秀樹に失礼です(笑)

 

目標だったイムズ

 

水上:古場さんは結構観てるんですか?ガラパの芝居。

古場:ガラパはここ何年かのは観てます。初期のものは見てないものもあるけど、最近のはわりと。

水上:どうですか古場さんの目から見てガラパは。

古場:すごいなと思います。やっぱり、書く力っいうか筆の筆力っていうんですかね。すごいです。

水上:脚本がいいということですか?

川口:なんかあんまり人から誉められ慣れてないんで、どうしていいかわからないですね(笑)

古場:きっと、もっとおじさんになったら人生のわびさび的なものとかが入ってくるかな(笑)もうちょっと深いものがスパイシーに入って来てほしい時もありますけど、エンターテイメントとしては最高。うちの会社もガラパのファンすごい多くて。

DSC01988.jpg川口:えーすごい嬉しい。

椎木:川口さんも加わって、ガラパは最初から制作中心だったんです。福岡で演劇をやるために“お客さんを沢山集める”という目標があって、そのひとつにイムズホールで公演するのが目標だったんです。

 

水上:場所の力はありますからね。目指せイムズ、という目標としてね。

椎木:はい。そこのステップにいきたい。それまでに6年かかりましたけど、最初にイムズホールでやらせてもらったときは相当感慨深かったです。ついに最初の目標の一つだったイムズホールで公演できたんだ、と。「イムズ芝居」以来10年ぶりと言われました。福岡の地元の劇団の上演が。

古場:あー。そうだ。

川口:旗揚げする年にイムズで やってた大塚ムネトさんとトマトママが出演されてた「東京物語」で、若い役者がアンサンブルで出る演出があって、僕と椎木が参加してたんです。イムズホー ルの舞台に初めて立って、その時にガラパもイムズでやりたいなぁと思ったんです。あと、ヨーロッパ企画っていう劇団がすごく好きで、ちょうど僕らが旗揚げ する年に「サマータイムマシンブルース」っていう映画化もされた作品でイムズに来たんですよ。僕お手伝いで入って、仕込みも手伝って、今も付き合いが続い てます。そんなのもあって、自分の劇団でイムズに行くっていうのはかなり大きな目標だったし、そこを目指して進んでこれたというのはありますね。

古場:ありがとうございます(笑)

 

椎木:最初にイムズで公演すると なった時に、周りの方たちに、「最初にお客さん入れなかったらもう次はないからね」って言われて(笑)僕らも、実績もなく名前も知れてないのにイムズホー ルでやるんだから絶対お客様入れないかん、って、めちゃくちゃがんばった。イムズホールもすごく協力してくれて。それでお客さんもたくさん入って最高動員 を達成したんです。

これは、自分たちの中でも相当でかかったですね。イムズホール公演の前に小さい小屋で一か月間やって1000人入れてるんですけど、メジャーな天神のど真ん中のイムズホールで千何百人入れたのが僕らの一番最初の財産、名刺代わりになった。イムズホールで公演を成功させたのが、この5年間の糧になっています。

川口:自信になりましたね。イム ズでやっている芝居って、旗揚げした頃は自分たちと違う世界のものだった。そこに自分たちがたどり着いたっていうことは、ひとつ上のステップにあがれたん じゃないかな、と。自分たちのことって、自分たちじゃわからないじゃないですか。だからイムズにガラパの名前が入った懸垂幕が掛かっているのをみたときに は感動しましたね。制作の橋本さん持って帰りましたからね(笑)知り合いがみんな写真を撮って送ってきました。お客さんがとにかく喜んでくれたんですよ。 ガラパを普段から応援してくれているお客さんが、天神のど真ん中にガラパの名前がドーンと出てるよ!って。僕らはお客さんと一緒に作ってきた劇団っていう 感覚があるから、そうやって一緒に喜んでくれたっていうことがとにかく嬉しかったですね。

 

ガラパの動員力の秘密?

 

水上:古場さん、今の話はどうですか?

古場:ガラパは動員力というかお 客さんを集める力が本当に高い。これ、評価のポイントなんですよね。いろんな地元の劇団が沢山ある中で何でガラパ?と言われます。イムズとしてこういう理 由だから肩入れするんですっていう明確にメッセージしないといけない。人を集める力を持っているのが劇団の力で、シンプルに高い評価のひとつの指標です。

椎木:評価してくれる人やずーっと付いて来てくれてるお客さんが喜んでくれるからやれてるって思います。

川口:僕は劇団に対して、作品を 作るだけじゃなくて、場を作る、みたいなイメージを持ってます。一方的に観る、演じるっていう関係性じゃなくて、作品の世界をお客さんも一緒に楽しんでい るっていう空間を作る。だからロビーも一生懸命飾りつけしたり、チラシにこだわったり。公演するまでの準備の間もずっと楽しめる長い旅、そういう風にした いって、旗揚げの時からずっとあるんです。

古場:大事なことですよね。

水上:大事なことですね、それは。お客さんのことを意識しているってことですからね。作品の内容はどうですか?お客さんを喜ばせようというその辺り、作家としてはどうですか?

 

演劇に対するイメージ

 

川口:旗揚げのころからずっと一 貫していることがあります。僕、昔全く演劇に興味がなかったんです。演劇を観たことがない人達の中の一人だった。高校に入って初めて演劇に触れたんですけ ど、それまでどちらかというとネガティブなイメージを持っていました。演劇っていったら、お遊戯会みたいなもの、「前向いてやってるもの」だって思ってい た。たまたま高校演劇の勧誘で劇団☆新感線の『轟天』を観たんですけど、こんな面白いことをやるのも「有り」なんだと衝撃を受けた。それから三谷幸喜さん の作品を観て、演劇ってこんなに笑えるものなんだ、っていう事に気付いたんです。演劇を知らない人は、先入観を持ってる人が殆どだと思うんですよね。僕が そういう人間だった(笑)だからそっち側にいる人として僕は作品を作っています。

古場:なるほど。

DSC02007.jpg川口:高校の時、演劇に対してそういうイメージを持っていた僕が、自分でガラパの芝居を観たときに、「あ、演劇って面白いやん」って気づけるような芝居を作る。だから昔の自分が観て面白いと思える芝居かどうか、このラインがすごく常に意識しているところです。

だから、演劇を初めて観たときに、それまでの色んな先入観が覆される体験がとにかく大きいですね。 「そとばこまち」がやってた『マンガの夜』っていう芝居は、生瀬勝久と渡辺いっけいの、ほぼ2人芝居のワンシチュエーションコメディです。それが面白く て、すごく衝撃だったんです。こんな面白いのか、こんなに笑えるのかっていう衝撃がものすごくて、これをお客さんが味わってくれたらこんな嬉しいことはな い。この気持ちがずーっとあります、もう10年以上。芝居を作る上で意識するしないじゃなく、この気持ちが常に根っこにあります。

 

 

 

それぞれの演劇の出会い

 

椎木:古場さんって最初に演劇みたのはいつぐらいなんですか?

古場:子ども劇場を小さいころに観てましたね。お芝居みたいなものを意識して観だしたのは学生の頃。それも、つかこうへいとか第三舞台とかの作品を地元劇団がコピーしてやるみたいなもので、安いチケットのやつを観にいったりしてたくらいですよね。


水上:演劇の原体験ですね。川口君の原体験は轟天ですよね。原体験は自分の中に影響があるよね。椎木君はなんですか?

椎木:僕は子ども劇場をよく観て て、演劇は真面目なものだと思ってました。どちらかというと、それがいいと思っていた。だから、大濠高校の演劇部に入ったときに、こんなにふざけてこんな に馬鹿なことやって、最初イラッと来たんですよ。真面目に演劇やらないのなんかむかつく、みたいな感じだったです。ただ、やってみると、演劇がダサいとか いってる同級生が観てめっちゃ笑う。そういうのが快感だったですね。女子にきゃーきゃー言われたり、友達がすっげぇ面白い、とか言うのが快感になっていっ て、最初はそれでやっていました。今は川口さんと同じ考えで、初めて演劇を観ますという人たちが面白いって言ってくれることに対してすごい快感がありま す。

僕、全く評価されないんですよね。演劇賞も俳優賞も無縁だし。東京でやっても、全然箸にも棒にも掛からないんです。これ悔しいし、そこでも認められたいって気持ちはあります。

でも逆にそういうものとは違う評価もあるなぁって思っています。僕の母の友達がもう60歳とかなんですけど、ずっと観に来てくれるんですよ。毎回来てくれて、毎回面白いねって、次いつあるの?って言ってくれることがすごい快感だなって最近は思います。

 

DSC02014.jpg

水 上:一言で演劇っていっても作家の数だけ表現がある。ガラパの表現は、川口君や椎木君が感じた衝撃からシチュエーションコメディから始まったんですね。初 めて観に来てくれたお客さんに、「これが演劇だっ」て大上段に構えるよりも、「楽しんで帰ってもらいたい」っていうのを大切にしているんだと感じました。

川口:演劇のイメージを壊したいなと思っています・・・結果的に壊れてくれたらいいんですけど。

椎木:偏見があるからね。

 

 

 

 

 

イムズというブランド

椎木:あとは、おしゃれなギャルとかも観に来てもらいたいですよね。

川口:おしゃれなギャルは観に来てほしい。

古場:(笑)なんか今すごい話をしたのにすごい軽いほうにいったね。

椎木:同じ意味ですよ(笑)今話を聞きながら、なんでイムズでやるのかをずっと考えてたんですけど、イムズのおしゃれ感、おしゃれギャルが集まる感じとか。(笑)

アートの匂いもする場所で僕らがただ面白いだけの演劇をやるっていうのがすごいなって思う。イムズ ホールで公演をすると、イムズの会員さんにメールで宣伝を送ってもらって、そういう人がふらっと舞台を観るに来るってことがあるんですよ。普段は買い物で 来てるような人がガラパを観て、もしゲラゲラ笑うとしたら。それが特に可愛いおしゃれギャルだとしたらそんな快感はないです。

演劇とイムズとのコラボがある。演劇を観る、じゃなくてガラパを観てガラパを面白いと思ってくれたらそれが一番嬉しいです。イムズでやるってことは、こういうことに繋がっているなって思いました。イムズとは僕らの中でそういうマッチングがある。

 

水上:イムズというブランドですね。イムズはコンテンポラリーダンス、音楽、演劇など、様々なパフォーマンスアーツを行っています。

古場:そうですね。アルティアムもあるし、ホールもオープンしてからずっとアートや舞台芸術を熱心に頑張ってやってきたという現実はあるので、そういう風にみられていると思いますね。

椎木:音楽のライブもするじゃないですか。僕も何回か行ったことある。演劇だけじゃないってのもいい。

古場:いろいろやってますからね。落語もあるし。確かに多ジャンルにやってますね。

 

ガラパ、次のステップ

 

古場:さっき「僕らみたいに面白いだけの・・・」とかって言ってましたけど、確信犯的にやったらいいと思う。

椎木:「面白いだけの・・・」とかってのも、確信犯です(笑)

古場:(笑)いや、だとは思うけ ど(笑)だけど例えば戯曲賞とか演劇賞とか目指せばいいと思うし、僕らはエンターテイメントだからこんなのとは無縁でいいんだ、と思う必要はないと思うん ですよ。そういうのも貪欲にやればいい。椎木君も色んな芝居に客演で出たりしてるけど、他の団員も皆どんどんやったらいいと思うし、外から色んなものを吸 収して、でもガラパとしての表現はこうなんだってやっていくのがかっこいいって思いますね。DSC01982-2.jpg

椎木:最初は僕らには力がなかったのでとにかく劇団でやってきて、劇団の大事さも昔よりも120%わかっているつもりですけど、10年 経ってそれぞれが出来ることも増えてきた感じはあります。そういうことがやれる土台、体力がついてきた。それぞれが色んなことをやりながら、ガラパで何が できるんだって、そういう風になっていったら確かに面白いですね。僕ら客演を呼ぶこともなかったですし劇団員だけでやってきたから。

川口:ガラパはそれにこだわってたからね。

椎木:それをやってきたからこその今があるかなって気はしますね。ここからは逆に幅広くいろんなところにいってもいいかなと思いますね。

古場:最近の活動や椎木さんの話を聞いてるともうお芝居っていう枠組みの中に留まろうとはしてないというか完全に外に向かって違うオリジナルのガラパ表現を目指して次のステップに行こうとしているんだなって感じますね。

 

福岡を誇りに

 

椎木10周年記念公演って決めて、なんで10年 やってきたのかということをすごく考えたんですよね。今まではそういったことを考えずに、お客さん集めるんだ、いい作品作るんだ、という思いだけでやって きたけど、改めて振り返ってみた。この福岡で、東京と比べると中心じゃないと言われる福岡でなぜやるのかと考えた時に、福岡でしかやれないことをやりた い。もうそれしかないって思ったんですよ。

僕らの好きなこの街で『こういうことをやってます』ってことを言えないと東京に太刀打ちできない。な んか負けてる気がして。東京にはいいものは沢山ある、芸能界もあるし引っ張られることもあるかもしれない。だけど僕らみたいにいろんな企業の人とか古場さ んとかホールの人達といろんな話をしながら福岡という街全体と何かを作っていくことができるんだったらそっちのほうが面白い。10年経って振り返ったことで自信も出てきたんだと思います。ガラパとして。

 

古場:そうはいっても、絶対的に 人口とかマーケットが小さいっていうジレンマはあるじゃないですか。同じ地方に根ざしてってことで言えば、大阪はやっぱりマーケットがありますよね。絶対 的なマーケットの大きさがあるけど福岡はやっぱり厳しいじゃないですか。そこのジレンマはどうブレイクするつもり?演劇で食っていくって考えたときに。

DSC02010.jpg椎木:僕は逆になんでも出来るなって思ってます。確かに、俳優だけで食うことはできない。マーケットがないから。ただ、福岡はいろんな人と繋がりやすいんです。

僕ら、東京の劇団の演出家とか俳優とかとたくさん繋がってるんです。そういう人たちは東京から福岡にやって来た時に僕らの方がパイを持っているので、東京と福岡の力関係が逆転するようなことが沢山あるんですよ。だから、知名度のある演出家と芝居を作ることが起こっている。

そうなってくると僕ら福岡では第一人者になれる可能性があると思うんですよ。演劇界の第一人者になったら何が起こるかっていうと他の業界の第一人者と出会えるようになるっていうのを最近感じています。

そうなってくると東京や大阪では既にあるパイを、新しく福岡で作れるんじゃないかと思っています。僕 のイメージでは、企業と何か一緒にやるとか、観光と一緒にやるとか商業施設と何か一緒にやるとか、そうして新しいパイを作る。それが福岡にしかない演劇 ブームを作ることじゃないかと思っています。そうすれば食える。映画にでなくても事務所に入らなくてもそういう価値を演劇が作れるんだったら僕は演劇で食 えるって。そういう可能性を探っていますね今は。

 

水上:環境で言えば福岡はマスコミもあるしこういうホールもあるしいわゆる「装置」がある。それは確 かに東京大阪に比べたらパイは小さいわけだけれども、他の中小都市に比べると間違いなく色々な新しいことを働きかけることができる装置がありますからね。 古場さんの立場からは、どんなイメージが湧きますか?

 

古場:ガラパが演劇で企業研修をするっていう話を聞いて、すごいなーと思いました。早速うちの総務に渡しておきました(笑)ガラパは僕らがイメージしている以上にお芝居以外にやれる容器が大きいんじゃないかなと感じました。

 

椎木:もし僕らが東京でももっと やれるようになっていけば、多分福岡もほっとかなくなるだろうなと思います。だから僕らは福岡を拠点に、福岡のお客さんに向けていい作品を作り続けますけ ど東京にも大阪にも打って出て、作品力で打ち負かしていきたいと思ってます。そうしたら、福岡でも仕事が増えるかもしれないですね。他の地域の人が「福岡 に来たい」とか「福岡っていいな」って出来たらいいな、と思います。

僕、昔から人がやったことはあまりやりたくなくて、僕の人生の目標は、恥ずかしいですけど教科書に載 ることなんですよ。ずっと後世に語られる何かになりたくてそうなるためには新しい何かを作らないといけないんですよね、絶対。その新しいものを作るってこ とは俺は福岡でも絶対できるし福岡じゃなきゃできないんじゃないかなって思うんですよね。「椎木という奴がいた」っていう、そういうものをしたい。福岡に はそういう可能性があるって思ってます。

 

ガラパ前とガラパ後

 

古場:ガラパぐらいになっちゃう と、「ガラパみたいになりたい」っていう学生演劇をやっている人たちも増えてくるから、ガラパの作る道筋が彼ら下の世代の人達のひとつの指標になっていく でしょうね。そのためにもどういう先鞭をガラパが付けるかが演劇シーンにとってはひとつの大きな分水嶺だね。

DSC01999.jpg椎木:面白いですよね。ほんとにケモノ道をね(笑)。道、ないからね。

古場:「ガラパ前」と「ガラパ後」みたいな。ガラパ前はみんな東京に行って。松尾スズキさんもそうだし、九州発で東京でビッグになった人はいっぱいいるけど、やっぱりガラパ後は福岡だよね、とか。そういう風にね。

椎木:確かにそうならないとですよね。

 

新作について

 

水上:次回公演作品についてきかせてください。

川口:「ひとんちでさよなら」っていうタイトルの芝居です。昔、「ひとんちで騒ぐな」っていう芝居を作ったんです。「家」が舞台のシチュエーションコメディの決定版みたいな作品だったんです。

10周年という節目の年でどんな作品をやろうか振り返った時に、もう一回ストレートの強さにこだわっ てみたいと思ったんです。続けていくうちに変化球も覚えてくるし色んな技術を覚えてくるんですけど、ここでもう一回、真ん中にどーんっと投げるってことを やりたい、と。そうなった時に「家」っていう設定は僕の中ですごく魅力的で、まだもっと掘り出せる何かがあるんじゃないかなって。

最近僕のおばあちゃんの家がなくなることになったんです。おじいちゃんもう亡くなっちゃって、おばあ ちゃんは施設に入っちゃって。誰も住んでいないし管理する人もいないので、家を売るということになったんですけど、この話を聞いた時に「これは寂しいぞ」 と思ったんですよ。この感覚が芝居と結びつきそうな気がしたんです。今自分の身に起こったこと、家にまつわる出来事、と考えたときにすごくビビっときたと いうか、ドラマをすごく感じた。

それで、家が主役の芝居。だからホームコメディではない(笑)。家じゃないと起きないトラブルとか家 の中の構造でしか生まれない間違いとか、そこから発生するドラマが自分の中で今一番純度が高いんですよ。そこにストーリーをのせていくんですけど、普段は 最初のイメージでは足りないので要素を増やしていくんです。今回はやりたいイメージが多いので削っていく作業になっていくのかな。

 

古場:今書いてるとこ?

川口:今書いてるとこです。今まさに。設定を練りこんで・・・

古場:楽しみ!

椎木:すっごい面白いと思います。

水上:かなりセットを作りこまないといけないんじゃない?

川口:そうですね。家が舞台なので、僕の実家がモチーフになると思うんですけど・・・。家って迷路みたいじゃないですか。部屋に2つドアがあって、2人がお互いにすれ違う、ベタだけどその瞬間がすごく面白い。この面白さはガラパの原点だなと思う。

椎木:確かに(笑)

 

DSC01977.jpg川口:シンプルだしベタだし。そ れってストレートじゃないですか。変化球ではない。でもそれを、ギャグでやっちゃうとベタにしかならないけど、今だったらもっとちゃんと見せれるような技 術が自分の中でも身に付いたんじゃないかなって気がしてます。そこに挑戦してみたいなって気持ちもあるんですよね。だから今回は最近の作品よりも、よりシ チュエーションコメディっていう感じの芝居になるのではないかと思います。

椎木:俄然楽しみになってきました。

古場:やっぱり俳優さんも楽しみだよね。

椎木:川口さんの新作も久々ですからね。

水上:昨年は一年間再演でしたからね。

椎木:なんかもう新作をどうやって作ってたか忘れてますもんね(笑)

古場:今の話を聞くともうすでに形があって、自分はそれを削り取っているだけなんだみたいな的な話をされると、もう楽しみにならざるを得ないですね。

 

最高の盛り上がりを約束

 

水上:何ステージあるんですか?

椎木6ステージ。5日間です。

水上:ほぼ一週間ですね。

椎木:勝負です。

古場:普通に借りたらむっちゃ高いですからね。

一同:(笑)

椎木:がんばります。福岡中を驚かせますよ。ガラパと知り合いでガラパ可愛がっといてよかったーって言わせますから。あいつらさ、俺若いときから知ってんだよって言わせますから(笑)

古場:TNCの方とか応援団の方とかを着実に引き込んでいるっていうのはやっぱり人間力もあるだろうしね。いろんなガラパの力ですよ。

椎木:がんばろ。

 

DSC019680.jpg

水上:じゃあ、締めに一言お願いします。

椎木:福岡でやってる、福岡の人達とやってるっていうのを大事にしていきます。それが僕らの支えになっています。だからどんな大統領がお前らは俺が育ててやったとか言ったとしても、イムズの古場さんが僕らを育てましたっていいますんで。可愛がってください(笑)

一同:(笑)

 

水上:じゃあイムズから古場さん、一言。

古場:とにかくたくさんお客さんいれてください(笑)

椎木:それはがんばります!いや、この対談でもう30人は確保できましたからね。

古場:ガラパ観に来てもらって、みんなそのまま上のレストランでご飯食べてね。

椎木:お買い物なんかもしてね。

古場:レストラン、チケット提示で割引とかもやりますからね。ゴールデンな流れを作りましょう。いやー、6月はガラパのおかげで上の飲食が潤うね(笑)「ガラパの公演があってよかったー」ってテナントの店長さんたちが皆言うっていう流れをね。

椎木川口:それいいですねー。

水上:この1週間はイムズのお客様も増えますね。

椎木:めっちゃ紹介しょう。上のレストランで食べて帰って、て(笑)

古場:いや、もうホント楽しみにしてます。

水上:今日はどうもありがとうございました。この対談はリレーしていきますからね。今回は今度やる劇場の方と全般にわたって話してもらいました。リレーの突破口ですね。次も人を引き込む力を持っているガラパなので、いろんな人に手伝ってもらって盛り上がっていきましょう。

 

2015年4月13日 19:50  カテゴリー: ガラパ10周年リレー対談 | コメント(0) |
劇ナビインタビューNo6 テレビ西日本 編成制作局 ゼネラルプロデューサー 瀬戸島正治さん

瀬戸島1 (2).jpgのサムネール画像「めんたいぴりり」プロジェクト始動!

20138月にTNCテレビで放送された「めんたいぴりり」は、福岡で制作されたドラマです。全国的に話題を呼び、2014年の民放連賞ドラマ部門「優秀賞」、ギャラクシー賞「奨励賞」、ATP賞「奨励賞」を受賞。

北は北海道から沖縄まで国内およそ20局で放送され、さらに海外でも、プサンの放送局・KNN(共同制作)の他に、台湾、カンボジアなどでも放送され、世界に福岡で生まれたドラマを発信しました。この2月には、「めんたいぴりり2」の放送、さらに、3月には博多座で舞台版「めんたいぴりり」の上演が始まります。

プロデューサーとして番組制作に関わった瀬戸島氏に、制作の舞台裏とこれからの展望を語ってもらいました。

(取材は201312月に行われました)

 

 

 

朝の連続ドラマというチャレンジ

水上 「めんたいぴりり」はTNC55周年記念ドラマですね?

瀬戸島 55周年です。

水上 瀬戸島さんは、どの時点でこのドラマの担当になったのですか?

瀬戸島 もともとTNCはドラマを作ってないんです。今回のきっかけは、ふくやさんの創業者・川原俊夫さん生誕の100年とTNC55周年が同じタイミングだったので、ドラマにしたらいいんじゃないか、これは55周年向けの企画ですよっていうことで社内でプレゼンをしました。

水上 瀬戸島さんの方から提案したんですか?

瀬戸島 そうですね。

水上 で、通った。

瀬戸島 そうですね、通っちゃいましたね。とんでもない提案だったと思います。だけど逆に言うとその途方もないことのほうがチャレンジだということで会社の方も乗ってくれたんだと思います。

水上 それは、どういうチャレンジですか?

瀬戸島 NHKような一日15分間、朝の連ドラを一か月放送するというチャレンジですね。僕は会社にすごく感謝しています。どこもやっていないです。フジテレビも朝の連ドラはないですし、九州でも福岡でもやった局はないです。周年事業として、しかも地元の企業をモデルに、チャレンジしがいのあることでした。

 

水上 視聴率はどうだったんですか?

瀬戸島 最高で8.8%、占拠率は29.3%だったかな。占拠率で言うと、テレビをつけてる3人に1人が「めんたいぴりり」を見ていたっていう事でこれはかなり胸を張っていい数字なんじゃないかなって思いますね。

水上 朝9:50から10:05まで15分間。普通のサラリーマンが見れる時間帯じゃないですよね。

瀬戸島 お母さんやおじいちゃんおばあちゃん、夏休みの子ども達に見てもらえるような番組ということであの時間帯になったんです。特に子ども達に見てもらいたい。食についての大切さ、家族の絆、平和のありがたさをどうしても伝えたい、食べ物を作る人達の思いを伝えることがテーマですね。せっかくドラマを作るならそこまで作りたいと思いました。そして、昭和という時代の光と影を描くこと。それは今も「めんたいぴりり」のテーマとしてずっと引き続いています。

 

 

1時間半ドラマと連ドラとを制作

水上 放送したのは2013年の8月の1ヶ月間ですね。初回は1時間半のドラマで、「戦前編」でした。

瀬戸島 そうですね、「エピソード0」みたいな感じです。通常の連ドラがいわゆるコメディだったので、そこの世界観になるまでの前フリというか、人間関係や登場人物が背負ってきたものを「エピソード0」のほうにぶち込んだ。

水上 連ドラで描くドラマとはかなりテイストが違いますよね。

瀬戸島 はい、主人公のモデルとなった川原夫妻は、沖縄戦や大陸からの引き上げを経て福岡にたどり着いた。また、占領下の釜山で生まれ育った人でもあるので、コメディではやりづらい。そこはちゃんと向き合った上で彼らがなぜ明太子を作る事になったのか、そこは真正面に描いていこうと監督と話し合いました。

水上 江口カン監督ですね?撮影はいつから始まったのですか?

瀬戸島 撮影は2013年の3月だったんです。寒かったですね。山笠を3月に走らせるという無謀なことにチャレンジしました。平尾台や福岡市西区の旧忍者村を街に見立てて山笠を走らせました。

 

場所取り合いの海外ロケ

水上 海外ロケもしたんですね。

瀬戸島 そうです、釜山でロケをしました。実際に川原俊夫さんが明太子に出会った市場が今もあるんです。そこでロケをしようと。あとは釜山から2時間半位離れたハプチョンという場所に映画のオープンセットがあって、戦前の日本人の住宅街が作ってあるんです。たまたま、テレ朝の55周年ドラマ「オリンピックの身代金」や、妹尾河童さん原作の映画「少年H」と撮影スケジュールが丸かぶりで、同じ所でロケしてるんです。まっ先に交渉して、「この日からこの日までやりますんで、どこにも撮らせないでください。」って韓国サイドに頼み込みました。

水上 プロデューサーの手腕だったわけですね、そこは。

瀬戸島 釜山のフィルムコミッションに偶然紹介してもらった場所だったんです。そのおかげですごい世界観が描けたと思います。

 

台本は、作家/東憲司が「聞き取り」しながら

水上 台本は誰がかいたんでしたっけ?

瀬戸島 劇団桟敷童子の東憲司さんです。何回も福岡に来てもらって、ふくやの川原正孝社長や健相談役に何度も聴き取りをしてもらい、お孫さんの武浩統括部長にも話を聴いたりして、一個一個肉付けしていきました。その中からフィクションの部分を塗り重ねていきました。

水上 聞き書きして本にまとめるのにどのくらいかかったんですか。

瀬戸島 一緒に釜山にシナリオハンティングにも行き、撮影の直前まで、福岡にこもって書いてもらいました。ものすごく忙しい劇作家さんなので、「ここだけスケジュール開けてください」って頼み込んで書いてもらいましたね。

水上 もともとは原作ですよね?

瀬戸島 相談役の本(明太子をつくった男)に加えて聞き書きしました。本にはお父さん(川原俊夫さん)のエキスが載ってます。

 

水上 最初の企画で通り、ふくやの川原さんに了解をもらい、脚本家と演出家も決まって、プロデューサーとしては順調にスタートできたということですか?

瀬戸島 そうです。すごい順調です

 

博多華丸に白羽の矢

水上 キャスティングはいつの時点で考えたんですか?

瀬戸島 キャスティングは本ができてからですから、撮影に入る前の年の10月から12月です。富田さんと華丸さんが決まったのはそのへんです。

水上 よくスケジュールがとれましたね。

瀬戸島 ほんとに、よく取れましたね。華丸さんは一ヶ月半、東京と福岡を行ったり来たりでした。千代子役の富田さんは最初から決まってたんです。博多弁をしゃべれる全国的にも有名な女優で奥さん役を任せられるのは富田さんしかいないと思った。俊之役は福岡出身の俳優さんをいろいろ考えてたんですけど、監督が「華丸さんじゃないかな。」って言ったのがきっかけでした。

役者としての経験はそんなにないけど、監督が「やれますよ、彼なら」って言ったので、そこでふっと腑に落ちたんです。

水上 華丸さん自身は主役を受けることはどうだったんでしょうね?

瀬戸島 「うそでしょー。できるわけないじゃないですか」ってもう半信半疑。一回顔合わせをして、台本をちょっと読んでもらって、本人としては「ほらできないでしょ」っていう確認の為だったらしいんですけど。僕と監督はしめしめと。「やっぱいいよねー」となって、その後正式にオファーをしました。

水上 華丸さんはそこで完全に覚悟を決めたわけだ。mentaihana.jpg

瀬戸島 そうでしょうね。華丸さんにとっても大きなチャレンジだったと思います。3月からの博多座公演も大きなチャレンジでしょうけど。

水上 富田さん以外はほとんど福岡の人達でしたよね?

瀬戸島 地元のタレント、地元の劇団、、福岡出身の役者さんを優先しました。もちろんテレビ番組なので数字が取れる人をキャスティングしようということは念頭にありました。光石研さんは頑張ってキャスティングをしました。小松政夫さんはすごく山笠に造詣が深い方です。福岡力を結集してやろうと思いました。

 

美術の世界観

水上 撮影セットは局のスタジオの中ですか?

瀬戸島 VSQのスタジオに組みました。ドラマのセットを作り込むには狭いスタジオなんですけど、美術プロデューサーの山本さんが、すごい世界観を作ってくれました。妹尾河童さんのお弟子さんでフジテレビの美術出身で「タケちゃんマン」を作った大御所です。本物の昭和30年代40年代をそのまま作って頂いた、あれがあったからこそ成立したドラマです。ちゃんとしたものを作りたいと思っていたので。

 

江口カン監督 「福岡にこだわって作ること」

水上 クオリティとしてはかなりこだわったところですよね。

瀬戸島 それは監督のこだわりでもあるんです。ただし、あそこまでこだわるとは思ってなかった。

水上 江口さんも忙しい人でしょう。

瀬戸島 そうですね、でも人一倍福岡でやることに思いがある人です。仕事への向き合い方も、地元のものを地元で作る方がより真剣に向き合えるような気がします。東京から福岡に撮影でやって来て作ったところで、それで地元の人が納得出来るものが出来るのかっていう気持ちは心のなかにずっとあったんです。作るんだったら福岡の人達でやりたいと。現場はCMでやってる江口組とVSQの制作チームです。VSQCM制作で知られていて、福岡には優秀な人達がいっぱいいる、CMは撮ってるんだけどドラマとか映画は撮れていない。でも、撮りたいと思っている人はいっぱいいると思うんです。そういう思いが合致した。

 

水上 音楽も福岡です。

瀬戸島 初めて担当した番組がバンドのオーディション番組で、それで優勝したのが風味堂だったんです。候補はいっぱいいたんですけど、結局全部振られた。じゃあ風味堂を聞いてみてくださいって、監督に提案してみた。オープニングのテーマとしては、監督は「平成の365歩のマーチ」を作りたいってイメージを出して、そこから風味堂に特別に書き下ろしてもらった。音楽が本当にハマったと思います。色んなパズルが組み合わさって出来たっていう感じですね、色んな人の協力があって。

 

プロデューサーの仕事は、ドキドキの連続

水上 瀬戸島さんはプロデューサーとして具体的にはどういった事をされてたんですか?スタッフ、キャストの選定とか?

瀬戸島 なんですかね、プラデューサーって。キャスティングだったり、制作の座組を作ったり。ドラマ自体は通常のテレビの制作体制と違うのでVSQのプロデューサーと相談しながらやらせてもらいました。もっぱら調整役なんでしょうねプロデューサーって。それでも、いろんな作業が抜け落ちていて、その度にいろんな人に助けてもらった。

水上 撮影中、演技で苦労したとか演出家と役者と意見が合わなかったとかは特になかったですか?

瀬戸島 喧嘩はしょっちゅうしてましたね。テレビ局の制作って現場で喧嘩することあんまりないんですけど、CMやドラマや映画を作ってる人達ってみんなプライドがある人たちが多い。良いものを作るための意見の主張は健全なことかなって僕は思います。すごく勉強になる。自分の後輩たちにどんどんその現場を見てほしいです。特に、演出を背負うって事はどんなことなのか感じてほしいなと思います。

 

水上 実際やってみて楽しかったですか?

瀬戸島 苦しい。出来上がったものを見るのは楽しいですけど、ドキドキするっていうか。

水上 ドキドキっていうのは?

瀬戸島 「お前アレやってないやないか」っていうのがいつばれるのかなってドキドキしてる。そもそもやってないことがわかってないから…

 

江口監督について

水上 江口さんはCMで賞もいっぱいとっている方で、演劇も観ましたが、ドラマは初めてですか?

瀬戸島 ウェッブのドラマとか、ショートムービーはすでに演出していました。一方で広告の専門家でもあるわけです。「めんたいぴりり」をどう、今の言葉でいう「バズらせる」かっていう事に関してもアイデアをすごくもらった。テレビ局のルーティンの作業では思いつかないような事も色々アイデアとしてもらったんです。ポスターに華丸を出さずに主役が誰か隠してやることで、「誰だ誰だ」ってザワザワさせる。一方で華丸が坊主になってテレビにでる。そこで「え、なんで華丸が坊主になってんの」ってネットで騒がれる。あるタイミングで情報公開をして、「いや実は華丸が坊主になったのは今回このドラマを撮るためです」って、そこで繋げる。そこでさらに「ワー」ってなる。というのは僕たちではなかなか思いつかない戦略でした。それはずっと広告をやってる人ですので。ポスターのつくり方一つ、ロゴのレイアウトはどこか?どこに置けばいいのか、背景をどうしたらいいのか…スペシャリストの人達と話しをすると、知らない事がいっぱいあった。それはテレビ局の広報だけに限らず、イベントの組み立て方もそうかも知れない。

 

水上 江口さんってどんな人ですか?

瀬戸島 クレバーですね。ものすごくクレバーな人だと思いです。あとものすごく乙女です。物作る人はやっぱりどっちかっていうと性格的には女性的な方がいいと思います。一方で会社を経営してらっしゃるのでそこは男だと思いますよ、でも物を作ることに関しては非常に繊細だと思います。同い年だったこともあり、彼がやりたいことや彼の話しを聞いていると、「何かやりましょうよ」っていつのまにか意気投合していたんです。

 

水上 江口さんのこだわりだったり美術家の世界観だったり、すごいクオリティが保たれてると思いました。福岡にこんなドラマがあってそれを丁寧に作ってくれたんだなって、嬉しかったですよ。

 

福岡の「めんたいぴりり」

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水上 これからの展望を聞きたいと思います。まず、2月の第二弾ですね?今度は連ドラではないんですね?

瀬戸島 一時間で前篇と後篇の2話です、2月の20日と27日の金曜日午後7時からです。

今回の「めんたいぴりり2」も昭和の光と影を描くように心がけています。炭鉱が閉山し、一方で西鉄ライオンズの3連覇で福岡が沸き返る。光と影をちゃんとエピソードの中に入れながら、ただ単にコメディにならないように心掛けました。

水上 今後こういったドラマを作っていくのは恒常的になるんですか?

瀬戸島 「めんたいぴりり」に関してはそのもの自体が大きくなりつつあります。55週年で始めたので60周年までは、3回目4回目5回目に向けてという事です。そこで僕がやらないといけないのは「めんたいぴりり」をどう広げるか。どう地元の人や企業にバックアップしてもらえる体制を作るのかっていう所です。

水上 ふくやさんがスポンサーとして関わってもらっているんですね?

瀬戸島 そうですね。早く「福岡のドラマ」「福岡っていえば『めんたいぴりり』だよね」って言われるようにしたいんですよね。そうする為にはできるだけ福岡の数多くの企業の方に応援してもらえるような体制にしたいって思ってます資金的なものも含めてふくやさんの負担をどんどん下げられる位僕たちが福岡のものにしていかなきゃなって思っています、なかなか難しいですけど。

 

水上 僕もずっと番組を見てましたけど、「これは福岡のドラマだ」ってすごく思いました。

瀬戸島 描こうとしているのは福岡の話です。一年中「めんたいぴりり」で展開するにはどうしたらいいかっていうのを考えている最中です。「アニメめんたいぴりり」「連載小説のめんたいぴりり」、「コミック連載のめんたいぴりり」。そういうことで始終福岡や全国の人が「めんたいぴりり」に触れる環境を作る。年に1回のドラマっていうのは広がりにも限界がある。次の戦略を練っているところです。急がないといけないですけどね。

 

水上 ということは「めんたいぴりり」ドラマとしての続編もだし、それが別の媒体としての展開も含めた「めんたいぴりり」という作品の世界をどう広げるかっていう事なんですね?

瀬戸島 はい。イベントや番組をちっちゃい種から育てて大きくしていきながらいろんな人の共感を呼ぶ。そして、番組が収益を産むような仕組みを作っていく。

「めんたいぴりり」が生まれるまでには、ものすごい伏線がありました。華丸さん自体は僕の担当した「中洲ぶらぶらでよかろうもん」っていう深夜番組の企画がきっかけで山笠の中洲流に入ったんですよ。川原さんも中洲流。いろんなものが複雑に繋がっていってできたって思います。狭い街ですからね。種蒔きをしておけばいつかはそうやって芽が出ていって、芽が一杯出てる感じです。「ちっちゃな種からでもおっきくしていけば愛される実になる」っていうのを後輩達には感じてもらいたい。

 

博多座版「めんたいぴりり」

水上 博多座は演出もキャスト女優も変わるのですが、博多座での上演にメッセージはありますか?

瀬戸島 博多座ですからね、ぜひ満員にしたいと思いますし、またこれを2回目3回目と博多座の恒例の演目になれるように僕たちも協力していきたいと思っています。

博多は「めんたいぴりり」のドラマと舞台が毎年ある街だっていう風に認知されるように、福岡といえば「めんたいぴりり」だって言われるような物にしていきたいなと思っています。その一つがやっぱり博多座が重要なポジションに今後なっていくって思ってます。もちろんこれが博多座でヒットすれば大阪、名古屋、東京に持っていける物になる。それが博多座としても大切ですよね。今、博多弁も華丸も旬ですから。ぜひ成功させたいと思ってます。

 

福岡のクリエーターたちとやりたいこと

瀬戸島 他にはアニメができないかなって思ってます。

水上 「めんたいぴりり」のオープニングもちょっとしたアニメですね。

瀬戸島 あれは監督の会社、KOO-KIで作ったものです。福岡は有能な漫画家やイラストレーターがいっぱいいるんです。そういう人たちと一緒にやれれば福岡で制作できる。脚本は地元の劇団の人に書いてもらってもいいんじゃないでしょうか?一杯優秀な作家がいらっしゃるじゃないですか福岡の劇団に。そういう人たちと一緒に作りたい。そういう福岡の人をつなげながらやっていく仕事を優先していきたいって思ってます。、CGのクリエイターだって福岡にはたくさんいらっしゃるんですよね、東京に発注していくよりはそんな人を繋いでいきたい。

水上 色々アンテナ張っておかないといけないですね。

瀬戸島 僕たちは福岡でチマチマやりつつ、チマチマやってる事が周りの人達からかっこいいって言われたい。色々表彰されたんですけどね、賞の論評が「地方」にしては頑張ってますね位の感じだったんで、バカにすんなよと思って。

 

水上 作品がうまれる時って出会いがあったり、ある意味で奇跡的な事が必要ですよね。

瀬戸島 それがうねりみたいになっていくと盛り上がっていくんじゃないかって思う。ここまで来たら後に引けないと思います。

水上 楽しみにしていますこれからの展開に。「めんたいぴりり2」がまもなく放送ですね。

瀬戸島 はい、広げて太くしていく。ドラマもあり、博多座もあり、次の展開があり。でさらにどんどん増えていきながら最後は映画になればいいなぁと思っています。

 

取材を終えて

福岡のテレビ局が朝の連続ドラマを制作する。その番組が全国的に話題になる。パート2が制作される。舞台版が別のプロダクションで生まれる。これらの展開は、「めんたいぴりり」というドラマが生まれるまでは想像もできませんでした。そういうことができたらいいということは僕の夢であり願いでもあったけれど、形にするには至らなかった。そのことを実現し、この原稿が公開されているころには、パート2が放送され、博多座の舞台で劇場版「めんたいぴりり」が上演されている。

福岡で活動しているクリエイターや技術スタッフ、そして、多くの企業の力を結集して、芸術文化産業という新たな雇用を生み出せる街になる。そんな可能性を感じたインタビューでした。

瀬戸島さん、ますます忙しくなりますよ。ドキドキしながら、次の展開を期待しています。

取材・文責 水上徹也 シアターネットプロジェクト代表

劇ナビインタビューNo5 ホルトホール大分 館長 是永幹夫さん その2

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仕事の「原点」わらび座時代

水上 ここでちょっと話がそれます。毎回その人となりを伺っています。こういう仕事に携わったきっかけは? 是永さんがわらび座に入られたのは何年ですか?

 

是永 1975年。29歳の時に入りました。わらび座に37年、大分に帰ってきて3年だから、40年前ですね。まず劇団の編集部からスタートしました。劇団の機関紙を、狭い機関誌ではなく、開かれた「文化の広場」的な月刊誌に変えることから始めました。最初は劇団内で少し抵抗もありましたが、私はいつも「時間が解決する」という哲学を持っていて平気でした。これだけいいことをやってんのに、なぜ狭いのかという疑問を、世間とのチャンネルを一歩一歩つくりながら、解決していきたいという情念が強かったですね。舞台にもっと笑いがあってもいいのにと思い、「笑いは力」という特集を組んでみたり、他の創造団体のいい取り組みをどんどん紹介したり・・・。わらび座のように民族伝統をベースにした歌舞団が、異文化圏と出会うとどんな発酵をするのだろうかとの興味から、国際部を勝手につくって海外公演を始めたり・・・。いまも続けている「資金調達」も海外公演時代に覚えたことです。その後、制作部長、全国公演部長、劇団代表を歴任。仲間とともに、「仕掛けてなんぼ」の劇団営業のシステムをつくり、特に北東北3県では、その県の総人口の5%の県民(数万人)の皆様が、一作品を一時期に一気に鑑賞するという公演形態を実現しました。岩手県とはミュージカル「アテルイ」や「銀河鉄道の夜」、青森県とはミュージカル「棟方志功」、秋田県とはミュージカル「よろけ養安」です。

 

水上 それはどんな作品なんですか?

 

是永 この作品は、鳥海山麓の院内銀山のかかりつけ医者で旅籠や経営者の酒好きの門屋養安の話。秋田県立博物館に所蔵されていた彼の日記を一頁一頁ずつマイクロフィルムに撮り、天保年間から戊辰戦争のあとまで33年間の古い日記をわらび座の民族芸術研究所が7年かけて解読して出版しました。出版から7年後、ミュージカル舞台にしました。日記発見から舞台化まで14年かかった。これが秋田県内で大ヒットした。

 

水上 すごいミッションですね。

 

是永 「地域発信・地域連携」型の舞台創造と運用を柱にかかげて各県の知事にお会いしてミッションを伝えるところから始めたんですが、北東北3県とも県庁あげて取り組んでくださいました。岩手県の場合は「いわて地元学」推進を県政の柱に据えていたときで、まさに「ミッション合意」の全県的な取り組みでした。岩手県内のミュージカル「アテルイ」公演準備で1年間で車で3万8千キロほど走りました。当時あった岩手県の12振興局と12教育事務所を全部訪ねて。

 

水上 行政との関係で公演を作ることの一つのパターンを産み出したわけですね?

 

是永 劇団代表として、劇団に入ってきた新人営業の最初の講義をいつもしていましたが、あの大トヨタが逆立ちしてもかなわないのは行政のラインだと具体的事例で話していました。行政のラインを活かせば「山が動く」瞬間はつくれるんですよ。

 

大分の可能性

水上 地域発信の作品の話になりましたが、それを大分ではどのように実践していきますか?

 

是永 私の代で実現しなくても、次の世代が、私が北東北で仕掛けたような「地域発信・地域連携」型の舞台創造と運用を、この大分県で挑戦してほしいと思います。そのための一歩一歩の取り組みを帰郷後におこなっています。大分の人間が大分の題材で、大分の人たちに届ける舞台をと期待しています。

幸い、海を隔てて、豊予海峡の対岸には「坊っちゃん劇場」が大奮闘しています。愛媛の企業とわらび座の共同経営の民間劇場ですが、いまや、全国的にも大きな話題となっていて、文化庁も支援しています。地元の行政・経済界・教育界が束になって応援している「奇蹟の劇場」です。大分県、愛媛県、広島県、高知県、山口県が参加して豊予海峡交流圏事業を実施していて、今年度の1月と2月に大分の音楽・演劇・伝統芸能関係者と「坊っちゃん劇場」との交流事業に支援していただくことになりました。大分県での郷土発信オリジナル・ミュージカル創造のための布石の事業です。

ふるさとに帰郷して仲間たちと動き、「大分市文化芸術振興計画2020」が策定されました。そのビジョンを受けて、大分市立の3館連携の「豊後FUNAI芸術祭」を新年度から始めます。この事業の趣旨は、(1)大分市の舞台芸術振興、(2)市民協働・市民参加、(3)文化施設とまちをつなぐ、です。時間はかかりますが、大分の魅力的な文化的コンテンツと歴史的ご縁のDNAを現代にかたちにしていきたいと考えています。

 

水上 3館というのはここホルトホールと?

 

是永 コンパルホールと能楽堂です。

 

水上 時間がかかるかも知れないと言われたのは音楽にしろ舞踊にしろ、文的資源・財産があっても、それを舞台化するのに時間がかかるけれども、そういったことも考えてやるってことですか?

 

是永 そうですね。大分市は、大航海時代にフランシスコ・ザビエルとイエズス会に出逢い、西洋演劇、西洋音楽、西洋医術、ボランティア発祥の地と言われています。「進取の気風」に富んだ土地柄です。大分から山口や長崎にキリシタン文化は広まった。2015321日、新しいJR大分駅前広場オープンの午後は、ホルトホール大分・大ホールで「ザビエル・サミット」が開催されます。ザビエルがお世話になった鹿児島市、堺市、山口市、平戸市、4つの都市の市長を大分市長がお招きして首長サミットを開催します。大友宗麟と高山右近の二人が数多くいたキリシタン大名の中でも最後まで「心の王国」をちゃんと持っていた。すごいのは宗麟が住んでいた大友館の隣に日本で最初のハンセン病患者の療養所を作った。ボランティアを領民から募っていた。そういう歴史的な縁、土地柄を大事にしたいですね。

ふるさと大分の文化的資源、魅力的なコンテンツ、人材と出逢い、一歩一歩かたちにしていきたいと考えています。そのためにふるさとに帰ってきたとの思いは強いです。

 

水上 わらび座は創造集団ですけど、ホルトホール大分は孵化装置ということで、大分に潜在的にあるものを集めている段階ということですか。

 

是永 ホルトホール大分自体が孵化装置になれるかどうかはこれからです。まだ開館して1年半。市民とともにつくる施設をまっとうすれば、ホルトホールでの出会いと交流からさまざまなお酒が発酵し、ここからさまざまな創造的なかたちが生まれると思います。

高校時代から民俗学者の宮本常一さんが大好きでした。私の人生は、「足元を掘れ、そこに泉が湧く」をミッションにしてきました。このミッションを徹底的に伝えたいと思います。

 

水上 わらび座時代にたざわこ芸術村の創設に関わられました。一団体が地域で実践して全国的な展開をしていったわけです。40年たって帰って来られて、色んな芽があってそれがどう化学反応を起こすのかを今頭の中でいろいろと考えられてる。大分のクリエイティブシティ構想なんかと含めると、文化産業を興していくということですか?

 

是永 わらび座に営業で入社する新人たちの動機として、文化産業として面白い会社、それに地域密着で面白い、その二つで選びましたという理由ですね。非常に明確な目的を持っています。「地の利」「天の利」「時の利」をさらに活かしてわらび座はこれからも展開していくと思います。ふるさと大分では、幸い「ホルトホール大分」という全国的にもまれな複合文化交流施設に関わっているので、その立ち位置をフルに活かして、大分のまちづくりにコミットメントしていきたいと思います。舞台芸術の世界で長く生きてきたので、やはり、文化芸術・アートで食べていける人たちを一人でも多くつくりたい、そのための「つなぎ手」となりたいと思います。

 

水上 クリエイティブシティ構想はいかがですか?

 

是永 「創造都市ネットワーク日本」に大分県と県都・大分市が今年度前半のうちに加盟しました。県と県都が揃って入ってるのは、兵庫県、神戸市に次いで大分県と大分市だけです。大分県は「国東半島芸術祭」の開催や、「県立新美術館」の開館など、「創造県」として発信しています。2020年東京オリンピックで「東京一極集中」がさらに強まることを懸念していますが、逆に2020年までに、2015年夏・秋の21年ぶりのディスティネーション・キャンペーンの活用、この前開催された「国民文化祭あきた・2014」の基本構想や企画に関わらせていただいた経験を活かし、一年前から大分県にも働きかけていますが、2018年に二度目の国民文化祭の大分県開催など、いくつかの「山場」を仕掛けていく動きのなかにいますので、「黒子」に徹して実現していきたいと思います。

もともと創造都市については1980年代後半にイタリアはじめヨーロッパの都市を訪ねるなかで感じていたことですが、秋田のわらび座時代に、大都市・政令指定都市先行型で推進されてきた日本の創造都市論にプラス「田園都市型」創造都市の必要性を、文化庁や理論的牽引者の佐々木雅幸先生に提言してきました。「田園都市型創造都市」の言い方はいまは「創造農村」と称されていますが、クリエイティビティのあるまちづくりは市民権を得つつあります。大分市の職員提案でスタートした「トイレとアート」の「おおいたトイレンナーレ」も、2015年夏が本祭だし、ぜひこの機会に大変貌中の大分市を訪ねて楽しんでいただきたいと思います。

 

水上 それにしても文化芸術はもちろん他のジャンルへの関わりもすごいですね。

 

是永 「多様な主体との協働」をどうつくるかが、これからの市民社会の試金石と言われています。文化はどこにでも関われるんですね。ふるさと大分には全国ブランドになっているだけでなく、唯一という優れものもたくさんあります。より良き社会を創りだそうとしている人たちを黒子になって応援したいですね。公立文化施設の施設予約管理システムやチケット予約管理システムで全国随一のレベルを販売している()オーガス(大分市)はじめ、ある分野で日本のリーディング・カンパニーになっている企業もたくさんあります。個人の仕事でも、「服は着る薬」の鶴丸礼子さんは、障碍者や高齢者の衣服製作のための独自の「鶴丸式製図法」を考案し、全国各地の人たちのための服作りに命をかけています。マグマのような志の高さと実現する技術のすごさと全身全霊の仕事ぶりには誰しも共感し、逆に大いなる励ましをもらっています。私もその一人ですが、各分野に、大分には魅力的な「推進エンジン」の人たちがいます。その人たちと出逢い、「つなぐ」役回りを「天命」にしたいと思います。

 

水上 是永さんの人脈ネットワークの根幹には、「共鳴」があるんですね。もっとお聞きしたいことが山ほどありますが、時間が来てしまいました。一応今日はここまでにさせてもらって、次回につなげたいと思います。ありがとうございました。

 

◆インタビューを終えて

是永さんは、多機能連携施設というフレーズを何度も繰り返されました。福祉・健康、産業、教育・子育て、文化、観光、情報、交流、などの多機能な施設を融合した「孵化装置」ということでした。新しくなる大分駅前のアクセスも活かしながら「市民の家」としてどのような魅力を発信していくのか、そして新たな「大分ブランド」の芸術作品を九州のみならず中国四国さらに全国へ発信していく施設になることを期待しています。

 

取材 水上徹也(シアターネットプロジェクト 代表取締役)

2015年1月12日 10:00  カテゴリー: No5 是永幹夫さん 劇ナビインタビュー | コメント(0) |

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